第22話 前提



 ダナンとカースが小屋から出て行った後、ローガンはエミーリアに尋ねた。


「我が主、まずはどう動きますか?」


「そうね、とりあえずオークかトロルあたりの一部族を傘下に加えるわ。この種族は ”力こそすべて” って思想が当たり前だから、圧倒的な力さえ見せつければ簡単に仲間になるはずよ」


 エミーリアの言葉に、ローガンは少し驚いたような表情を浮かべた。


「……部族をまるごと取り入れるのですか?」


 先ほどの会議では、真逆の戦略を立てていた筈だ……主人の意図が把握できずに困惑するローガンに、エミーリアは笑いかけた。


「不思議そうな顔ね。さっきの会議と言っていることが違うから驚いたのかしら?」


「ええ……そうですな。てっきりギルドに登録されている危険度Aランク以上の魔物を対象にするのかと思っておりました」


「そうね、それも並行してやりましょう。手駒は多ければ多いほどいいのだから」


「……彼らの意見は無視するのですか?」


 彼らとは、先ほど小屋から出て行った二人、そして仲間になった野党たち。


 ローガンの問いに、エミーリアはぞっとするような蠱惑的な笑みを浮かべる。


「我が騎士。アタシはね、昨日今日知り合ったばかりの魔法使いや野党たちなんて少しも信用していないの。だから彼らが裏切ると想定して、彼らの知らない兵力をいくつか作っておくつもりよ」


「互いが互いを認識していない分散した部隊……ということでしょうか?」


「ええ、どこの誰がどのタイミングで裏切っても対応できるようにね」


 裏切りを前提とした戦略。


 目的が魔王という世界の敵である以上……それは仕方のないことなのだろうか?


「我が騎士ローガン。アタシが信じているのはお前だけよ」


 まっすぐなエミーリアの瞳。


 ローガンは困惑する。


「なぜ……私を信じられるのですか? 私は貴女様の御父上を滅ぼした男です」


 竜殺しとして名を馳せたローガンを、竜の末裔である彼女は信頼していると言った。


「そうね、そして竜族が滅びる元凶でもある……」


 エミーリアはそっとローガンの頬に手を当てる。


 竜族の体温は人より高く、小さく柔らかい彼女の手のひらは、灼熱を思わせた。


「だからよ」


 静かな声でエミーリアはローガンに語り掛ける。


「最強の種族をも滅ぼせる力。アタシはアナタの力に文字通りすべてを掛けた。アナタに裏切られるのなら、きっとアタシは最初から魔王の器ではなかったのよ」


 そっと頬から離れる小さな手のひら。


 吹いた風が頬に当たり、その冷たさにローガンは身震いする。



「行きましょう我が騎士。やることは無限にあるのだから」



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