第10話 恐怖
薄暗い部屋の隅。ローガンは燭台の小さな明かりを頼りにギルドで受け取った手配書の写しを読んでいた。
現役から退いていた数十年の間に、世界は大きく変わったらしい。
特に驚いたのが、なにやら「反乱軍」を名乗る軍隊がここ数年で大きく勢力を伸ばしているらしいという事だ。
この反乱軍は、大国である ”フスティシア王国” の治世に不満を持つ者の集まりで、なんとそのメンバーには、騎士の称号を持っていた人物もいるという……。
その勢力が強大で、メンバーはありとあらゆる国家に潜伏しており、その全容は明らかになっていない。
反乱軍……。
国家への不満を持つ軍隊というのは、魔王を目指すエミーリアにとって有益ともいえる。情報は少ないが、仲間に引き入れれる候補には入るかもしれない。
ペラペラと手配書をめくっていると、ふいに聞いたことのある名前を発見した。
”漆黒のダナン”
どこで聞いた名前だったか、少し考え思い出した。
確か、この街に来るまでの道中で戦った野党の一人が、その名前を口にしていた。
手配書の情報を読むと、ダナンはかつて小国の王宮魔法使いだったらしい。
闇属性の魔法にかけては他の追随を許さず、ついた二つ名が ”漆黒” 。
理由は不明だが、彼は突然国の要人を殺害して消息を絶ったという。
魔法を扱える犯罪者。
しかも小国とはいえ、王宮魔法使いともなればかなりの使い手だろう。
ローガンの脳内に、魔法により殺害されていた情報屋の姿が浮かぶ。
魔法は強力な力だ。世界を相手取るならば、是非とも陣営に迎え入れたい……。
あの時の野党は、自分のバックには漆黒のダナンがついていると言っていた。
それが真実だとするならば、ダナンはこの近辺に潜伏している可能性は高い。
突然の甲高い叫び声。
一瞬で臨戦態勢に入ったローガン。サッと声の方向を振り返ると、ベッドでスヤスヤ寝ていたはずのエミーリアが、髪を掻きむしりながら叫んでいた。
「何事ですか!? 我が主」
慌てて駆け寄るローガン。
エミーリアは意味不明な言葉を下げびながら、バタバタと暴れている。
見ると、彼女の眼は閉じられており、どうやら悪夢にうなされているようだった。
ローガンは生涯孤独の身で、弟子はいるが子供がいない。
こういう時、どういう対応をするべきかわからずにオロオロとエミーリアの小さな体を抱き寄せる。
ローガンの手から逃れようと暴れるその力は、さすがは竜族というべきか、その見た目にそぐわない怪力だった。
「落ち着いてください我が主! どうか落ち着いて!」
ハッと目を見開くエミーリア。その額からは大粒の汗が滴っている。
二人の視線が交差する。
次の瞬間、エミーリアの顔が恐怖に歪んだ。
「竜殺し!?」
ドンと力強くローガンを突き飛ばしたエミーリアは、ガタガタと震えながらベッドの隅に小さく縮こまっていた。
その姿を呆然と見つめるローガン。
そして彼は理解した。
自分は竜殺し。
彼女の親である竜王を屠り、竜族を絶滅の危機に陥れた張本人。
竜王の子であるエミーリアは、ずっと恐れていたのだ。”竜殺し”であるローガンのことを。
こんなにも震えるほど、”竜殺し”は彼女にとって恐怖の対象だった。
それなのに、彼女は竜族の誇りにかけ、魔王となるために恐怖の対象である ”竜殺しのローガン” をスカウトしたのだろう。
気が付くと、ローガンは部屋の隅で縮こまるエミーリアの前に跪いていた。
畏敬の念が心の底から沸き起こる。
今までは、戦場で死ぬためにエミーリアに使えていた。
それ以上の感情なんて持ち合わせていなかった。
今は違う。
恐怖に震える目の前の姫は、それでもなお一族の誇りのために立ち上がったのだ。
恐怖の対象をすら己が身に取り込もうとしているのだ。
彼女を王にしたい。
ローガンは心の底からそう感じ、深く深く頭を下げたのだった。
◇
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