第42話 決意

ひと言くらい声をかけてくれたら、自分は喜んで一緒に行っただろう。

ラシウスがそばにいてくれるなら、カラとだって向き合えたかもしれない。

それなのに。

ゼナは「ひどい」とこぼしかけた口をぎゅっと引き結んだ。


森を揺らす風が彼の去った小道を吹き抜けていく。

シャラと音を立てる三つの銀輪はゼナを咎めるように揺れ、ラシウスが残した言葉を鮮やかに煌めかせた。


『君は風と共にゆけ』


…何がひどいものか。

ラシウスの情の深さに甘えて、カケラも想いを伝えなかったのはこっちの落ち度だ。

ゼナは手紙を丁寧にしまい、杖を足下に置くと両手で思い切り自分の頬を叩いた。


「ゼナ!?」

「団長さん、今度は僕と一緒にラシウスを探しには出られませんか?」


レイドは驚いたが、ゼナの碧眼にはラシウスに負けないくらい強い意志が宿っている。

背筋を伸ばす姿には、既に後悔も迷いも消えていた。


「一度は捨てる気で団長の座を降りたが、戻った以上同じことは出来ん。それに以前と違って今回ラスは自分の意思で出て行ったんだ。俺に追う理由はない」


相手を一人前と見なし、きっぱりと言う。

思った通りゼナは精悍に頷き頭を下げた。


「分かりました。無理を言ってすみません。それから、団長さんには本当にお世話になりました」


レイドはにやりと笑った。


「ラスを追うんだな」

「はい」

「一人で大丈夫か」

「僕は自分に出来る事と出来ないことは理解しているつもりです。そして手段を選ぶなんて上品なこともしません」


杖を手に取り、にこりと笑う。

レイドは前途を祝福してゼナの背中を力強く叩いてやった。


数時間後。

ゼナは要塞の一角をぶち壊しながらヴィンセントを捕獲し、どうやらその友も道連れにロドディア騎士団を出て行った。







暗い拷問部屋の一室。

両手を鎖に繋がれたままのファルジナは、身体中に短鞭の鋭さを味わいながら彼の上司を眺めていた。


「だって仕方がないでしょう?ラシウスに妖刀を抜かれちゃ手の出しようがないんですって」

「それで済むと思っているのか。お前は俺の顔に泥を塗ったんだぞ」

「んー…、それって、俺の役割損すぎません?」


ヒュッと空を裂く音と同時にファルジナの背に新たな傷が裂ける。


「ん…はぁ、今日は随分熱が入ってますね」

「お前の処罰は私が直々に引き受けた。感謝するんだな」

「はいはい。で、僕は今後どうすればいいのですか?出来ればツキ様…じゃなかったラシウスを追う方向で追放してくれれば有難いのですが」


何処までも人を喰った物言いに、ケリー大佐の引き締まった顔が僅かに苛立つ。


「お前がいなければ誰が死神部隊の面倒を見るというのだ。お前は未来永劫、城から解き放たれることはない」


冷たい言葉を残し、拷問部屋は固く扉を閉ざされた。

ファルジナは一人になると残念そうに吐息をこぼした。


「ラシウスか…。もう少し踏み込めば彼を確実に殺して妖刀も手に入ったのにな」


美しい者の手にのみ委ねられるという『繊月霈然』。

ラシウスを殺し、あれを手に入れるのは国ではなく自分になるはずだった。

そうすればこんな鎖など引きちぎり、どんな自由も思いのままだ。


「ツキ様…」


瞼の裏に焼き付く至高の人。

何よりあれを手に入れたくて堪らない。


妖刀を手にした者は、彼と最上の交わりを得るという。

それは天を抜けるほどの快楽と、地獄の業火に焼き尽くされるような苦痛の連続。

耐えきれる者はごく稀で九分九厘は死に絶える。

ファルジナの、兄のように。


「いつか、必ず手に入れてみせますから」


仄暗い微笑みに、煤けた白銀の髪がさらりと流れた。

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