第41話 消えた二人

ラシウスが、消えた。

カラと共に。


主のいない部屋を目にした途端、ゼナは踵を返し走り出していた。

胸は早鐘を打ち、絡みつくローブとまだ動かしにくい左足に苛立ちを覚える。

もどかしさのまま手にした杖を床につき、人目も憚らず二階の窓から外に飛び出した。

くるりと回り着地したのは、城壁の外にある訓練所。

目指したのは一番体の大きな人だ。


「団長さん!!」


新米騎士を指導していたレイドは、予想通り血相を変えて飛んできたゼナを振り返った。


「ゼナ、お前はまたどこから降ってきた?」

「ラシウスがいない!!それに、カラも!!」


レイドはこの場を副団長のバートンに任せ、興奮するゼナを森の小道へと連れて歩いた。

のんびりした歩調に焦燥を覚え、ゼナは何度も伺うようにレイドを見上げた。


「団長さん、二人は何処へ行ったのですか?」

「ゼナはこの小道がどこに繋がってるか知っているか?」

「え…?」


レイドは足を止めると、森の道の先をしゃくった。


「隣国、ヘイデルナだ。ラスは今朝ここから国を出た」


ゼナの目が大きく見開かれる。


「そんな…どうして!?」

「あいつは今、コン・バルンで行方不明ってことになってる。密かに国外へ出してやれるのは今しかないんだ」

「でも!!僕に何も言わないで…しかもカラを連れて行くなんて!!そんなのってないよ!!」


親友だと言ってくれたのに。

やっと出会えた大切な人だと思ったのに。

それとも彼にとって、自分はそれ程度のものだったのだろうか。

やりきれない思いに滲んだ目元を乱暴に拭っていると、目の前に薄茶色の封筒を差し出された。


「ほらよ。ラスから、お前にだ」

「ラシウスから?」


受け取った封筒は、几帳面さが前面に出る綺麗な文字で“親愛なる友へ”と記されている。

ゼナは何度見ても消えないその文字を指でなぞり、乾いた音を立てる手紙を開いた。


『しばらくカラを借りていく。君は風と共にゆけ。』


たった二行しかない文面に、月夜に見た柔らかな微笑みが重なる。


「どうしよう…どうしようどうしよう!!そんなつもりじゃなかったのに!!僕は、カラをラシウスに押し付けるつもりなんて…!!」


やはりあんな話などしなければと激しい後悔が胸を圧迫する。

取り乱すゼナの肩に、ごつい手が置かれた。


「ゼナ、そうじゃない。お前やカラはラスの生きる目標になっただけだ」

「目標だなんてそんなこと…!!」


綺麗事にすり替えられたくなくて反発したが、レイドの真剣な眼差しとぶつかり身が強張る。


「ラスはな、ずっと己の生きる意味を探していた。妖刀に取り憑かれてから、あいつはいつも無気力で虚ろな目をする日が多かったんだ」


どうにかしてやりたくても、レイドには彼の居場所を確保してやることくらいしか出来なかった。

それが昨夜、「ゼナを頼む」と手紙を託しに来たラシウスの表情かおには、今までになく生気が満ちていたのだ。

レイドはふっと目元を緩めた。


「ラスからの伝言だ。『カラを眠らせたら、必ずゼナに会いに来る』だそうだ」

「え…」

「あいつらしいだろ?ラスは自分の呪いより、カラの呪いを解く為にやっと未来へ歩き出したんだ。そして自分が帰る場所にゼナを選んだ」


ゼナは呆然とレイドを見上げながらラシウスの伝言を胸に反芻した。

降って沸いたような、自由。

ただそこに納得できるだけの度量は自分にはない。

手にした手紙はくしゃりと悔しげな音を立てた。

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