第40話 残されたメイスト一族
「僕はね、ラシウス。二年前にメイスト家が滅ぼされた時に沢山の武器と一緒に野盗に攫われたんだ」
唐突に突き落とされた話にラシウスが目を見張る。
ゼナは少し俯いたが、貼り付けたように微笑みを浮かべたままだ。
「あいつらは何も知らずにメイストの武器を使い、村中を襲い回っていた。そして野盗の一人が『聖者の剣』を手に、逃げ惑う子どもを面白半分で串刺しにして殺した」
ラシウスに嫌な予感がよぎった。
「まさか…」
「“悪意”のない者を殺した瞬間、聖者の剣は輝きを失った。そして即死したはずのその子が目を覚まし、それこそ悪意の塊のような
淡々と、淡々とゼナは壮絶な始まりを話す。
「僕はその子を、死にながらも呪いのように剣の意志に従い動きだした
焼け落ちた屋敷に帰っても誰もいない。
そしてカラを連れていては誰も頼れない。
「どうすればいいのか分からなくなって、結局誰もいない荒野を目指したんだ。そして行き着いたのがあの忘却の遺跡、コン・バルンだったんだよ」
話し終えると穏やかに笑う。
あまりにも端的な話し方は、どこか他人事のようで感情がない。
ラシウスは話が終わっても黙ったままゼナを見ていた。
ローズグレイの髪は彼の端正な顔を縁取り、ただ風に揺れている。
ゼナは胸の奥まで見つめる赤茶色の瞳から目がそらせなかった。
月夜が似合いすぎるラシウスに半ば見とれていたが、沈黙が長くなると段々不安になってきた。
「あの、ごめん。流石にこんな話をされても困るだけだよね」
戸惑いながらうつむくと、ラシウスはやっと口を開いた。
「ひとつだけ聞いてもいいか」
慎重な前置きにゼナの背筋が伸びる。
ひとつと言わず、本当なら疑問も山ほどあるだろう。
何を言われてもそれなりに答えるつもりで頷いたが、ラシウスが口にしたのは完全に予想外のことだった。
「お前は、カラをどう思っている?」
「え…」
その問いは、白い月明かり以上にゼナから顔色を奪った。
爪先から氷が這うように体が冷え、息をすることすらままならなくなる。
ラシウスは、気付いている。
ゼナが、カラには一度も話しかけてはいないことを。
名をつけても呼びかけない。
近づいても決して触れない。
優しい瞳で見守りながらも、ゼナの心はいつもそこにはない。
完全に固まっていたゼナの体は、カタカタと細かく震えだした。
「重…い」
やがて聞こえたのは、悲痛なほどか細い声。
「カラがいるから、僕は、あの遺跡から出られない。アレはただの呪われた死体だ。出来るなら今すぐにでも目の前から消えて欲しいよ。でも…」
震える唇は浅く呼吸を繰り返す。
「でも、カラはただの可哀想な被害者だ。野盗だけじゃない。僕たちメイスト一族の、被害者なんだ」
死ぬことすら出来ないカラを、世に放てるわけがない。
ゼナは彼が“悪意”につられて遠くまで行き過ぎぬよう、ずっと遺跡で監視し続けているのだ。
そこに情など、増してやラシウスのように愛情など微塵も持てるはずがなかった。
「軽蔑するならしてくれていいよ。僕は結局あの子をどうする事も出来ない、ただの馬鹿な意気地無しだ」
言い捨てた言葉が力無く足元に落ちる。
ゼナはまた沈黙になる事を恐れたが、今度はそうならなかった。
「誰が軽蔑などするものか」
耳に届いたのは凛とした声音。
「ゼナは誇り高く、そして優しすぎるだけだ」
ゼナは驚いて顔を上げたが、ラシウスはゼナの銀輪を見上げていた。
「どれだけ過酷でも、たった一人になっても、ゼナはメイストの名を捨てなかった。そして忌み嫌いながらも、ゼナがしてきたことは全てがカラの為だ」
柔らかな視線が、銀輪からゼナに滑り降りる。
「誰が何と言おうとも、俺は君の選んだ道はとても尊いと思う」
ラシウスの声は、どこまでも透明な夜に溶けるように響いて消えた。
今宵は満月。
闇夜を祓う鮮麗な盆は、無心に見つめる命なき子の瞳にくっきり丸く映り込む。
悪魔の子と囁かれた彼の隣に立つ人は、泣き崩れる罪無き人の為にいつまでも黙って肩を貸していた。
ラシウスがカラと共に姿を消したのは、この二日後だった。
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