第39話 ゼナの話
二週間後。
正しい休養を強いられたラシウスは、かなりの回復を見せていた。
ゼナは頃合いを見計らうとラシウスを連れ出し、静かな廊下を歩いた。
今宵は満月。
空のランプが地上を照らし、段差に足を取られることはない。
「どこまで行くんだ?」
「あそこの見張り台。どうもあの屋根が気に入っちゃったみたいで」
「屋根?何の話だ」
「行けば分かるよ」
ゼナは細い階段を一番上まで登り、三人も入れば窮屈になる見張り台から外を覗き込んだ。
「いた。やっぱり今日も月を見てる。ラシウス、ほらあそこ」
ゼナが差す指の先を辿ると、屋根にちょんと座る小さな姿が見えた。
ラシウスは息を飲んだ。
心拍は速まり、手が震える。
ゼナはにこりと笑った。
「呼んでごらんよ。君の声なら来ると思うよ」
冷たい手すりを左手で握り、森の香りを肺に吸う。
ラシウスは躊躇いながらその名を呼んだ。
「カラ」
小さな影はぴくんと背筋を伸ばした。
振り返る濁り目に、月の光がきらりと撥ねる。
よたよたと長い剣を引き摺りながら屋根を歩いて来るのは、間違いなくカラだった。
「どうして…」
この二週間、ゼナは一言もカラの話を持ち出さなかった。
ラシウスの目の前で串刺しにされたのだ。
普通なら生きてるはずもなく、ゼナは気を使って何も言わないだけだと思っていた。
カラは手すりに座ると、じっとラシウスを見つめてきた。
相変わらずそこに表情はない。
たった一度だけ見せた微笑みも錯覚だったのかと思えてくる。
ラシウスが手を伸ばし土色の頬に触れると、カラは少しだけすりよった。
「ラシウス。カラは、死なないんだ」
ゼナは手すりに背を預け杖の先を見つめた。
「いや、違うかな。もうそれは死んでいるんだ」
心地よい夜風が、かぶりこんだフードを揺らす。
遠くに聞こえる虫の音は豊かな自然の歌だ。
ゼナは風に決意を乗せ、ぽつりと話し始めた。
「僕の名はゼナ・メイスト。魔のメイスト一族の一人だ」
「魔の、メイスト一族…」
「うん。大袈裟に聞こえるけど、ただ単に自然の力を少しだけ借りることの出来た一族だよ」
さり気に含まれる過去形。
ゼナは何かを懐かしむように、ひしゃげた満月を映す銀輪を見ている。
「でも僕たちはこの杖のように媒介がないと何も出来ない。そしてその
歴代の長老のみが扱える神秘の錬金術。
それ故に『メイスト』の名がつく武器は非常に数が少なく価値が高い。
「カラの持つ『聖者の剣』もバンクトンが手掛けた物だ。そしてそれは、人の“悪意”を“魔力”に変えるという、今までで最も稀有な物だった」
「悪意?」
「うん」
あまりにも抽象的なものに、ラシウスが顎に手を添え考え込む。
「簡単な話だよ。人の悪意は腹に溜まる。そこへ聖者の剣を突き立てればメイストの武器全てに魔力が溢れる。偶発的にできた物だから仕組みは謎だし、性質上扱える者も殆どいなかったみたいだけどね」
簡単だと言われても、非現実的すぎる話に頭は中々ついていかない。
ただ、実際に不思議な力を使って見せたゼナが目の前にいる限り、有り体に受け入れるしかないようだ。
ラシウスが熟考していると、風が通り過ぎるのを眺めていたゼナが続きを口にした。
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