第38話 親友

「はい、あーん」


にこにことスプーンを差し出すゼナに、上半身を起こしたラシウスは心底嫌そうな顔をした。


「いらない」

「あ、またそんなワガママ言うの?そんなんじゃやっぱりここから出られないよ」

「だから、その見せたいものっていうのは何なんだ」

「ラシウスがちゃんとご飯食べて、元気に歩けるようになったら案内してあげる」


レイドの忠告に従い、ゼナは自分からラシウスに触れてはいない。

だが彼が動けないのをいいことに、献身的な世話をしまくっていた。


「前に取り憑かれた後も碌に食べなくて衰弱しきったんだって?今回は僕がそうはさせないからね。洋梨なら食べられる?」


籠から取り出した洋梨をナイフでぎこちなく剥き、やや形の悪い塊に切り分けてから皿に移す。


「うーん、僕ももう少し果物剥く練習しなきゃ。はい、フォークで刺すだけなら左手で食べられるでしょ」


ラシウスの折れた右腕は物々しく固定され、三角巾で首から吊るされている。

対してゼナは、まだ左足を引きずるものの比較的元気に動き回っている。

ラシウスより余程複雑な潰れ方をしたはずなのに、あのローブの下がどうなっているのか全く不思議だ。


「ゼナ、そういえば話したいことって…」

「オーーッス!!」


遠慮のカケラもない音を立て、扉が開かれる。

大股で乗り込んできたのは、勿論遠慮のカケラもない男だ。


「よぅ、親友!少しは動けるようになったか?」

「ヴィンセント!!」


ゼナは顔を険しくするとラシウスを庇うように立ち、杖を掴んだ。


「毎回毎回、何の嫌がらせで来るんですか貴方は!」

「そう怖い顔すんなよゼナちゃん。別にいいじゃん。お、梨食ってんの?俺もひとつ頂戴」

「却下ぁ!!」


伸ばされた手を杖で叩き返す。

ヴィンセントは不服そうに手を引っ込めた。


「何だよ。ロドディア騎士団で自由にできるのは俺の特権だぞ?何せ団長直々のお願いでお前らを助けてやったんだから」

「ぐ…」


あの時。

誰もが動けなくなった遺跡に駆けつけたのは、荒野まで出向いていたロドディア騎士団の面々だった。

レイドは荒野に仲間がいることを分かっていて、ヴィンセントとアムシェに呼びに行かせたのだ。


「言っておきますけど、あれは団長さんの手柄ですからね。機転を利かせて遺跡に乗り込む前に、ロドディア騎士団に荒野まで来るよう伝達を送ったのですから」


レイドの頼みで実際に送ったのはアントワだが、誰にも怪しまれぬよう「演習」目的で引っ張り出したのが流石の手腕だ。

お陰でレイド達は密やかに回収され、追手がつく事もなく辺境の地まで逃れられたのだ。


「それでも俺がいなきゃ全滅してたかもしれないだろ?」

「貴方もあの現場を引っ掻き回した一人じゃないですか!図々しくも居心地良くここに留まってないで、早く旅に出てくださいよ!」

「おぉ、辛辣。何とか言ってくれよ、親友ぅ!」


ラシウスは痛む頭を押さえながらヴィンセントを冷たく見上げた。


「お前に親友呼ばわりされる覚えはない。出て行ってくれ」

「つれないなぁ。一人くらい親友がいても損はないぜ?お前絶対友だちいないタイプだろ」


ラシウスはむっと眉を寄せるとゼナのローブを後ろから引いた。


「親友枠ならもう埋まってる。さっさと出て行け」


ゼナはヴィンセントより目を大きくした。


「え、それって…」


ラシウスはハッと手を離すと顔を背けた。

二人揃って真っ赤になったものだから、ヴィンセントが嬉々としてからかってくる。

結局この厄介な客人は最終的にアムシェに回収されて帰って行った。


「まったく、何なんだあの人は」


ゼナが疲れ切ってベッドに腰を下ろす。

ラシウスに至ってはヴィンセントには恨みしかないはずなのに、あの独特な軽さとノリに毒気を抜かれっぱなしだ。

ぐったりしていると、ふとゼナの手が肩に触れた。


「あ、ごめん。結び目がとれそうだったからつい…」


ぴくりと反応したラシウスに気付いたゼナは、すぐに手を引いた。

だが赤茶色の美しい瞳はじっとゼナを見つめてくる。


「頼む」

「え…」

「結び直してくれ」


ゼナは何度も瞬きをすると、そっと両手をラシウスの肩に回した。

三角巾の結び目を整え直しベッドを降りる。


「じゃあ、夕食の時間にまた来るね」


杖をつき、左足を引き摺りながら部屋を出ていく。

ラシウスは閉じられた扉をぼんやりと見ていたが、その先から「やったぁ!!」という甲高い声がすると、思わず吹き出した口元を押さえた。

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