第37話 回復
温かな風と、銀輪の擦れる音。
深い眠りから覚めたラシウスがまず認識できたのはその二つだった。
目が開くと見覚えのある天井に迎えられ、ここが何処か思い出す前に流れるような淡い金髪が覗き込んできた。
「ラシウス…?」
心配そうな碧眼は周りに大きなくまを貼り付けている。
微かな記憶を辿りながら、ラシウスは呼吸の合間に声をこぼした。
「無事で…よかった。ゼナ」
ゼナは震える唇を噛み締め、ボロボロと涙を落としながら長い杖を握りしめた。
「それはこっちのセリフだよ。もう…あれから四日も経つんだからね」
少しずつ遺跡のことを思い出していると、荒々しく扉が開かれ馴染みのある大声が飛び込んできた。
「ラス!!目が覚めたんだって!?」
体に大量の包帯を巻いたレイドは、心の底から安堵の息を吐いた。
「はぁぁ、この、心配ばっかさせやがって!!」
「団長、ここは…」
「お前の部屋だ。今度こそ駄目かと思ったが、ゼナがつきっきりでお前を癒やし続けたんだ。ちゃんと礼言っとけよ」
現時点においてラシウスの部屋と言えるのはロドディア騎士団にある小さな一室しかない。
疑問は色々浮かぶが、今は頭が上手く回らなかった。
「ラス、とりあえずしばらくは体の回復だけを考えろ。何も心配はない」
ゼナも涙を拭うと、やっといつもの微笑みを浮かべた。
「ラシウス。動けるようになったら、君に見せたいものがあるんだ。それから話したい事も」
聞きたいことがある、と言われなかったことがラシウスに僅かな安堵を与える。
人に話せるようなことは、何ひとつないからだ。
ラシウスの思考が再び鈍り始めたのを見て取ると、レイドとゼナは彼を休ませるために静かに部屋を出た。
石造りの廊下に二つの足音が静かに響く。
「ゼナ、もうしばらくあいつの世話を頼んでもいいか」
「僕でいいのですか?」
「ああ。むしろお前がいい。ラスはゼナには毛を逆立てないからな」
「どういうことです?」
レイドはちらりと元来た廊下を振り返り、声を落とした。
「ラスはな、隠してはいるが重度の対人恐怖症なんだ」
「え…」
「それからもう一つ」
ゼナを引き寄せると更に低い声になる。
「あいつは、かなりの快楽嫌悪症だ」
「快楽嫌悪症?」
「ああ」
ゼナを離すと難しい顔になる。
「詳しくは言えんが、とにかくそのせいでラスは触れられることを極端に嫌がる。人によっちゃそばにいる事さえ許せない時もあるようだ」
「え、でも。地下から出る時は僕の手を握ってましたよ?」
そうせざるを得なかったとしても、特に嫌悪を示された覚えはない。
レイドはにやりとゼナを見下ろした。
「だからお前は、ラスの友だちに向いてるんだよ」
「はぁ…」
上辺の美麗さに加え、取り憑かれているが故の妖しい色香に、多かれ少なかれ人は
その点レイドの目から見ても、ゼナがそれらしい思惑を見せたことは一度もなかった。
「さてと、アレはどうしてる?」
「まだ部屋から出してません。ラシウスが起き上がれるようになったらでいいかなと思って」
「そうか」
レイドは複雑な顔になったが、そこは自分が口を出すべきではないと言葉を腹に飲み込んだ。
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