消えた二人

第36話 愛しの君

白い空間は、好きではない。

嫌でも優雅に揺れる尾を思い出すから。


そして案の定、陶器のような白い手が前髪をサラサラと撫でていく。

耳には異国の微かな鼻歌が届き、花の香りが柔らかく降り注ぐ。

何度落ちたか分からぬ意識が浮きあがると、視界は自然と開けた。


「ラシウス」


鼻歌が止まり、優しげな声が囁く。


「まだ起きなくていい。お前は私の中で眠っていろ」


真っ白な背景は異国の着物を綺麗に引き立てている。


「眠れ、私の愛しの君。いつまでもこうして抱いていよう」


弱った時にだけ、こうして甘やかしてくる難解なあやかし

その本性を骨の髄まで理解している身としては、苛立ちしか覚えないのだけれど。


ただ、今回ばかりは諦めが体中に気だるく広がる。

もう目覚めることはないのだろう。

体は限界まで使い果たした。


「ツキ…」

「ん?」


機嫌の良さそうな声が返る。

尻尾がふさりと揺れる気配がした。


「もう、誰にも取り憑くな」


哀れな被害者は、自分が最後でいい。


「俺とここにいろ」


ツキは撫でていた手を止めると、くすくすと笑いだした。


「お前のそういう気高いところが、私は好きだ。その体が果てなくて良かった。まだしばらくお前といられる」


再び霞んできた意識が、その意味を理解させる前に瞼を落とさせる。

ひやりとした手がまた前髪を撫で始めた。


「眠れ、ラシウス。今はただ慈しみの中に」


与えられる心地よさが、不快でたまらない。

気まぐれな妖を憎みきれない己に抱くのは確かな嫌悪。

それでも今は撫でる手に導かれ安息の闇へと落ちていった。

 

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