第35話 愛情

ラシウスの目には、飛び散った己の鮮血よりも串刺しになったカラの姿がくっきりと映った。


あれは、何なのか。

動けぬこの身に水を与え、そばに寄り添い、呼べば振り返る。

人ではない。

だが決してモノでもない。

少なくとも、自分にとっては。

まるでその思いを証明するかのように、虫ケラのように貫かれたカラは、最後に大きな目でラシウスを見ると、微かに…ほんの微かにだけ、笑みを浮かべた。


「カラ…」


こんな時に痛感する

自分はあの悪魔と呼ばれた子どもに、確かな愛情を持っていたことを。


「う…ぅ、ぁああああ!!」


動くのは左手一本。

ラシウスの瞳が金色に光り、巨大な白い影が九つの尾を揺らす。


「なんっ、う、わっ!!」

「ぐっ!!」


自我を損失するほどの怒りに振り切った妖刀は嵐のような激しさで巨大な石柱を何本も巻き込み、その場にいる全ての兵とファルジナを壁龕へきがんの並ぶ崖まで叩きつけた。


「な…」


遠目に見ていたヴィンセントまで余波を喰らい、足を踏ん張り手元の剣で風を切る。


「なんて、化け物じみた威力だ」


ラシウスの手から妖刀が滑り落ちる。

その身は膝から崩れ、石の上に倒れ込んだ。

遺跡を怪しく満たしていた妖気は光と共に空に消え、代わりに厚い雲から日が差し始める。

乾いた風が吹き抜ける遺跡は、もうすっかりいつもと変わらぬ風景を取り戻していた。


「ラシウス!!カラ!!」

「ラス!!」


近付くことさえ出来なかったレイドとゼナが懸命に体を引き摺りラシウスの元へと急ぐ。


「はぁ、はぁ…、ラシウス…、ラシウスお願いだ。死なないで」


レイドがラシウスを抱え、ゼナはそばに膝をつくと杖を握り祈りを込めた。


「風よ…命の息吹を運ぶ空の風よ。どうかラシウスに慈しみの加護を…!!」


銀輪は淡く光るが降りてくる風は安定しない。

ゼナは消えゆこうとする灯火に手が震え、全く集中できなかった。


「うぅ。だ、駄目だ!!」

「ゼナ、落ち着け!!」

「だって、だって僕だけじゃ力が足りないんだ!!カラだって、もう…」


カラは既に人形のように身動きひとつしていない。

ゼナの瞳から堪えきれずに涙が溢れ出す。

打ちひしがれていると、すぐそばでさくりと音を立てて剣が突き立てられた。


「え…」


それはカラがずっと手にしていた『聖者の剣』。

思わず顔を上げると、決まり悪そうに頭をかくヴィンセントがいた。


「あー、もしかしなくても、お前メイスト家の者か?」

「え…?」

「なんだ、そういうことか。俺はメイスト一族にこの剣を返してやらなきゃって思ったから…」


言いながら串刺しのままのカラを横目で見る。


「まぁいいか。それがあれば何とかなるだろ?じゃあ、確かに返したからな」


ゼナは状況が理解できずに呆然としたが、レイドは比較的元気そうなヴィンセントと、それからその後ろに黙って控えるアムシェを交互に見ながら言った。


「すまんが、お前らに頼みがある」


ヴィンセントは片眉を上げてレイドに視線をくれた。


「頼み?俺に?」

「ああ」

「何で俺がそんなこと」

「まぁそう言うな。この場に居合わせた縁だ。ここから出る為にひとつ手を打ってあるんだが…」


自らもボロボロなくせに、レイドはしっかり背筋を伸ばしている。

そのタフさにヴィンセントは肩をすくめた。


「面倒なことじゃなければ考えてやらなくもないけど。報酬は弾んでくれんの?」


レイドはしっかり頷くと両手を膝に突き、潔く頭を下げてから見知らぬ二人に願いを託した。

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