第33話 ラシウスとツキ

長くは持たない。

それだけははっきりと分かる。

体が回復したわけではなく、使えるのは変わらず左手のみ。

それでもこの場を乗り切るには充分だ。


「カラ!!」


ラシウスが声を張り上げると、無防備に立ち尽くしていたカラが顔を上げた。

いつもと同じ緩慢な動きで、よたよたとこっちに歩き出す。

だがファルジナがこれを許しはしなかった。


「お前たち、目を覚ませ!!そこの悪魔をさっさと始末するんだ!!」

「は、はい!!」


兵たちが息を吹き返すと、ファルジナは自らも剣を引き抜きラシウスに飛びかかった。


「ツキ様…!!」


ラシウスは左手で握る刀でファルジナの一撃を受け、弾くように薙ぎ払った。

その軌道上に風と衝撃波が同時に飛び散る。


「うわっ!!」

「な、なんだ!?」


鉄仮面達は堪えきれずに地面に叩きつけられたが、ファルジナは燕のように低く跳び躱すと再度鋭く斬り込んできた。


「ツキ様!!僕は貴方のためにこの器を磨き続けてきた!!そんな男ラシウスなどお捨てになり、一生この身を御使役ください!!」

「ぐっ、この…、真性の、ど変態が!!」


凄まじい威力の太刀がファルジナを叩き返す。


「く…ぅっ!!」


ファルジナは太刀筋を受け止めながらも後ろの瓦礫まで吹き飛ばされた。


「ファルジナ様!!おのれぇええ!!」


立ち上がった鉄仮面を中心に鉄兵二十体がラシウス目掛けて牙を剥く。

ラシウスは構えを迎え打ちに変えると、姿勢を低くし静かに迫り来る敵を見据えた。


「海鳴る夜明けに繊月の如くは光り、赤き豪雨が霈然はいぜんと大地を叩き打つ」


ラシウスの声を通し、別の意思が言葉を紡ぐ。

冷たく笑うその瞳は金色の光を反射した。


「その昔我が国の詩人が詠い、それが私となった。美しいだろう?」


刃先が大地を擦り、横一線に光が閃く。

斬撃は真空を孕んだ風と飛び、壁のように押し寄せた鉄の塊を一撃で一掃した。

ラシウスはハッとすると頭を振った。


「ツキ…!!くそっ!!」


意識が弱れば支配される。

一瞬でも乗っ取られた感覚に激しい嫌悪が襲った。


「お前は大人しく、その力だけを貸していろ!!」


ラシウスは気力を振り絞ると、カラを狙う兵たちに自ら突っ込んだ。

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