第31話 癒しの風

風の濃度の変化に気付いた者はもう一人いた。


「う…」


ゼナは知らぬ間に落ちていた意識を取り戻すとハッと顔を上げた。


「ラシウス?うぅっ」


ズクズクと身体中が酷く痛み、左足は麻痺状態だ。


「杖、杖は…」


汗を握りしめ辺りを見回す。

幸いなことに、杖は瓦礫に紛れたまま転がっていた。


「く…、ぅ」


死ぬ気で這いずり伸ばした指先で杖を手繰り寄せる。


「は…ぁ、気が満ちてる。カラが沢山食べたからだ。これなら…」


杖を挟み祈るように手を組む。

三つの銀輪が淡く光ると、空から降りてきた芳しい風がゼナを優しく包みこんだ。

それに伴い痛みが急速に緩和されていく。


「う…。流石に足は無理か。でもこれで少しは動ける」


ゼナは杖をつき左足を引き摺りながら、ボロ雑巾のように打ち捨てられているレイドの元へと急いだ。


「酷い」


太い首筋に触れ脈を確認する。

少し弱いが、これなら手の施しようがある。

逞しい人だ。

ゼナは杖の先に光る三つの銀輪をレイドの背中に向けた。


「団長さん、お願い。目を覚まして!」


渦巻く風がレイドを包み、銀輪から零れる淡い光が傷口に溶け込んでいく。

しばらくは何の変化もなかったが、背中から流れる血が止まるとレイドの瞼がぴくりと動いた。


「うっ」

「団長さん、しっかり」

「ゼ…ナ?」

「良かった」


ゼナは泣きそうな顔でへたり込んだ。

レイドは呻きながらも体を起こし、まとわりつく温かな風を肌ごとさすった。


「ゼナ、本当にお前は一体何なんだ?」


信じると決めた時から聞くまいと決めていたが、ここまでくると流石に再度疑問が口をつく。

だがその目は不信や疑いではなく、どこまでも真っ直ぐにゼナの心を見つめるものだ。


「もし…」


ゼナは目元を拭うと悲しげに微笑んだ。


「もし、生きてここを出ることが出来たら、僕達のことを全てお話します。団長さんなら…、いえ、団長さんとラシウスになら」


杖を頼りに立ち上がり、レイドに手を差し伸べる。


「行きましょう。ラシウスを止めないと」

「ラスを?」


低く唸る大地も、太陽が暗雲に閉じられた空も、急速に遺跡を闇へと傾けている。

振り返ったレイドが目にしたのは、ひと月前に見たものと全く同じ、巨大な白い九尾の影だった。

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