第24話 三人の窮地

「お、おい…」

「ああ」


今ラシウスはどう見ても隙だらけだ。

囚人達はじわりと距離を詰めたが、どうもその足が勝手にすくむ。

気づけば厚い雲が日差しを遮り、ラシウスを中心に闇色の霧が立ち込めていた。

異様な気配は次第に濃くなり、刀を抜こうとするラシウスの影に九つの尾が混じる。


ぼやける視界の中で、ゼナは確かに見た。

ラシウスの赤茶色の瞳に、満ち満ちた月の如く金色こんじきの光が差しているのを。

そして綺麗に整う顔立ちにかぶさる様に、もう一つの影が浮かび上がったのを。


「だ…めだ。それを抜いちゃ…!」


本能的な危険を感じ、手を伸ばしても届かない。

だがゼナの思いを拾うように、飛び込んできた大剣がラシウスの手から妖刀を叩き落とした。


「馬鹿野郎!!そいつを抜くんじゃねえ!!」


怪し気な気配は一瞬で散布し、ラシウスは呼吸を乱しながら両膝をついた。

レイドは大剣を捨て、ゼナを下敷きにする大岩に身を寄せた。


「ぐ…この、ぉおおおおお!!」


身体中がみしみしと悲鳴をあげるも全力で岩を押し上げる。

ほんの僅かだが、ゼナの元に隙間が出来た。


「ぐぅうう…!!ラス!!ゼナを…引き抜け!!」


意識が混濁しかけていたラシウスがその声に我に返る。

ひとつ頭を振るとすぐにゼナを引っ張り出した。

直後にズンと地響きが起こり、手を離したレイドが喘ぎながら地面に膝をついた。


「は、はぁ…、はぁ!!」

「団長!!」

「大丈夫だ!!ゼナは!?」


左足は完全におかしな方に向いている。

折れているのは間違いないだろう。

フードの下では浅い呼吸と、滴るほどの汗が流れていた。


「ラス!!ゼナをこっちへ…ぐあっ!!」

「団長!?」


レイドの背中から鮮血が飛び散る。

倒れた向こうに立っていたのは、レイドの大剣を手にした醜悪な囚人だった。


「うっ…き、さま…」

「へへっ、瓦礫で潰れてんのはそっちの赤髪の予定だったが、まぁいい。どちらにせよ一番邪魔なのなお前だったんだ、団長さんよぉ」


極悪囚人ナブナバは大剣を振ると、妖刀に伸ばされたラシウスの手を遮るように地面に突き立てた。


「動くんじゃねえ!!」

「くっ…」


ラシウスの顎を掴むと無理矢理顔を上げさせる。


「…ほぉ、よく見りゃこいつぁ高値がつきそうだ。おい、ベト。そこの刀も持って来い」

「へい」


痩せた囚人がラシウスを横切り妖刀を手に取った。


「ナブナバさん、これ…を、持ってき…?あ、う、が、あぁあぁあ?」

「何だ、どうした」

「あがっ、た、助け…ナブナバさ!!う、ぎゃあぁあああ!!」


妖刀を持つ手から不自然にボコボコと体中が変形する。

それが破裂すると、男は黒い炎に巻かれ丸ごと炭クズとなった。


「う、うわっ!?何だ今のは!!」

「げぇ!!」

「よ、妖刀だ!!それのせいだ!!さ、触るな!!」


再び転げ落ちる刀にぞっとした視線が落とされる。

これにはナブナバも口角をひくつかせた。


「お、おい、これはどういうことだ!!さっきお前は普通に持っていただろうが!!」


胸ぐらを掴み上げるも、ラシウスは至極冷たく睨み返してくる。

こういうタイプはどれだけ痛めつけても中々堪えない者が多い。

ナブナバはすぐに標的を変えた。


「お前だ、来い!!」

「う…」


ラシウスを捨て、代わりにうずくまっていたゼナを掴み上げる。

反動でフードが後ろへはらりと滑り、淡い金髪が流れ落ちた。


「おお!?おいおいおい!!こいつもとんだ拾い物だぜ!!お前みたいな金髪は“ショー”で一番金が入るんだ!!」

「ゼナ!!」


思惑通りラシウスが顔色を変える。

もはや完全に勝利を確信したナブナバは、油よりもねったりとした笑みを浮かべた。

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