第21話 襲撃

「ゼナ!!ラス!!何処にいるんだ!!」


抉れた遺跡の奥地にレイドの声が深く跳ね返る。

だがどれだけ呼んでも応えるのは耳障りな獣の唸りばかりだ。


「くそっ!!こんな事ならゼナに大体の居場所くらい聞いておくべきだった…、ぜっ!!」


風をも巻き込む大剣が、ハイエナの尖った頭蓋も張りのある筋肉もまとめて豪快に打ち砕く。

こんな敵にやられる程柔ではないが、際限なく襲われるのは実に厄介だ。


レイドは突き出た柱の影に滑り込むと、眼前に広がる大穴の淵で片膝をついた。

背後からはファルジナ達が乗り込んだであろう騒音が迫っている。

首筋を流れる汗に焦りと苛立ちが募った。


「呼んでも来ねぇなら…行くしかねぇか」


ラシウスがいるのはこの半壊した遺跡の底。

つま先が弾いた石が先走る様に転がり落ちたが、いつまで経っても底を打ち付ける音は返ってこない。

相当な深さだ。

それでも腹に力を込め、足場になりそうな壁に目をつける。

一歩を踏み出そうとしたその時、闇の底から風が飛び出してきた。


「ちょっと待ってよ団長さん!貴方死ぬつもりなの?」


レイドのそばに降り立ったのは、ラシウスを連れたゼナだった。


「団長さんの声を辿って良かった。なんて無謀な人なんだ」

「ゼナ!!…ラス!!」


レイドは聞いちゃいなかった。

突如として二人が現れた疑問より、心から案じていた愛弟子の無事な姿にくしゃりと顔が歪む。


「この、大馬鹿野郎が!!勝手なことばかりしやがって!!どれ程俺が心配したと思ってんだ!!」


対してラシウスは鎮痛な面持ちだ。


「すみません。これ以上団長を巻き込むわけにはと…」

「それが勝手だと言ってるんだ!!いいか!?お前を引き取ったのはこの俺なんだ!!お前は俺に、最後まで迷惑をかける義務がある!!」


ふんぞり返り、大真面目に言い放つ。

この謎の力説にはゼナが小さく吹き出した。


「これはラシウスが悪いね。君なら団長さんの性格くらい分かるだろうに」

「あん?誰が単純明快だ」

「あ、それすごく似合います」

「なんだとぅ?」

「裏表がないと褒めてるんですよ」


何とも息の合ったやり取りだ。

レイドと親しげなゼナに、ラシウスは内心驚いていた。


囚人達の喧騒はもはやすぐそばで聞こえてくる。

このまま身を潜めてやり過ごしたいところだが、鼻の効くハイエナがそれを許しはしないだろう。

レイドは声をひそめた。


「ゼナ。ラスを連れてもう一度地下へ戻ることは可能か」


ゼナは眉を寄せると杖を撫でた。


「勿論、可能ですよ。でもあいつらはラシウスの刀を見つけるまで遺跡を荒らすのでしょう?ここにはカラもいる。僕は一刻でも早くあいつらには出て行って欲しいんです」


カラの名に反応したラシウスが潔く頷く。


「団長、俺が何とかあいつらを引きつけて遺跡を出ます。町にさえ戻れば奴らも大手を振って俺を殺すわけにはいかないはずだ」

「だが…」


それでは何も解決しない。

結局振り出しに戻るだけだ。

ラシウスは腰紐から鞘ごと刀を抜き取った。

物々しい呪符がぼんやりと光る。


「俺は、絶対にカラは殺さない」


少し甘いハスキーな声が、断固とした意思を告げる。


「彼は恩人です。それにどうせ討伐したところで城は次々と難癖をつけてくる。それならいっそ、俺は…」

「あれぇ?妖刀みーっけ!」


突然割り込んだ声に、三人は反射的に立ち上がった。

一段高い瓦礫の上にしゃがみ込んでいたのは、囚人服に身を包んだ年若い男だった。


「なぁんだ。結構長丁場覚悟したのに案外簡単に見つけちまったな。ってか、あんたら誰?なんでその刀持ってんの?」


およそ囚人らしくない溌剌とした話し方にレイドが警戒を強める。


「何だ、お前は」


男は質問には答えず、肩まで伸びた焦茶色の髪をかきながらひとり言を呟いた。


「せっかく見つけたのにまた見失って長々探すのは面倒だな。かといってここで奪ってすぐに終わっちゃ悪魔探しのヒマないし」


立ち上がると、不審な目で見る三人に無邪気に笑いかける。


「そうだ。あんたらにしばらく囚人たちあいつらとあそんでて貰えばいいのか」

「は?」


問い返す間も無く、男は肺の底まで息を吸うと耳を塞ぎたくなる大音量で声を張り上げた。


「おーーい!!妖刀は、ここにあるぞーー!!」

「な…」


目を血走らせながら駆けていた囚人達が一斉に振り返る。

真っ先に走ってきたのは一人の大柄な囚人だった。


「ヴィンセント!!お前何適当なこと…!!」

「適当じゃねぇって、ほら」


ラシウスを指差すと、ヴィンセントはニコニコと手を振った。


「じゃあ、まぁ、頑張って。行くぞアムシェ」


多数の足音で引き起こされる振動の中、二人の囚人は瓦礫の向こうへひらりと消えた。

ゼナは引き攣りながら杖を握り締めた。


「団長さん…、これ、まずいやつ」

「ああ、その通りだ!!ゼナ、ラス!!ここから出るぞ!!」


三人は柱の影から飛び出したが、もはや波と化した囚人の群れに、あっという間に全方位を取り囲まれた。

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