第20話 囚人ヴィンセント

荒野へと連れ出された囚人たちの間では、静かな興奮が蔓延していた。

罪人コロシアムで生き残れる者は僅かだが、今回は遺跡で宝刀さえ見つければ全員晴れて自由の身になれるという。

しかもその刀を一番に見つけた者には結構な報酬まで約束された。

ハイエナは確かに厄介だが、デスゲームに比べれば破格の条件だ。

浅ましい欲望を腹に詰め、囚人達は皆黙々と遺跡を目指し歩いていた。


「…ったく、胡散くせーったらねぇな」


年若い囚人の男が一人、不機嫌そうに不満を漏らす。

どこか野生味のある精悍な顔立ちだが、数日に渡る地下牢生活のせいで本来の艶を失った焦茶色の髪が肩までざっくり伸びている。

隣の大柄な囚人は慌てて諌めた。


「おい、やめとけ。ここでまた騒ぎを起こすなよ?」

「たかだか宝探しに囚人を使う時点でおかしいだろ。おまけに指揮を取るのはわざわざ生涯拷問を宣告された囚人を兵力にする、超変態サディストのファルジナだ」


引率する死神部隊を顎でしゃくる。

鉄の鎧で囲われた彼らの体は其処彼処そこかしこと欠損し、顔や体に皮膚がない者も大半を締める。

彼らが忌み嫌われる大きな理由の一つだ。


「俺たちは間違いなく利用された挙句殺される。厄介な時期に投獄されたもんだ」

「お前がマウドスに楯突いたりするからだろうが」

「あんな無能なクソ王子に従うくらいなら犬を主人にする方がましだぜ」

「…ヴィンセント。その馬鹿正直すぎる口を今すぐ閉じろ。お前といたら俺までまた酷い目に遭う」


言葉とは裏腹に、二人は全く悲観してはいない。

ヴィンセントは自由闊達を凝縮して詰め込んだ煌めく瞳を、迫る遺跡へと向けた。


「なぁ、アムシェ。ハイエナはともかくとして、悪魔ってのは何だと思う?」


落ち着き払った大柄の囚人は肩をすくめた。


「さぁな。何にしても小さな子どもらしいじゃないか。遭遇しても俺たちがやられることはないさ」

「こっちは丸腰だぜ?」

「ライオンを素手で殴り倒すくせに何を弱気な」

「いつの話だよ」


ヴィンセントは楽しげに目を細めると従順な友を見上げた。


「よし、決めた。せっかくだし俺のターゲットはその悪魔に絞る」

「はぁ?また何を勝手なことを…」

「宝探しなんてつまんねぇじゃん。未知との遭遇が俺らの旅の醍醐味だろ?」

「あのなぁ、お前すっかり俺らの本来の目的忘れてるだろ!?」


もはやわくわくしている相方に、アムシェの口がへの字に曲がる。


「闇雲には突っ込むなよ?死んだら元も子もないぞ」

「はいはい、分かった分かった」


コン・バルンの入り口に立つと、先頭で取り仕切っていたファルジナが隊列を止め振り返った。


「さぁ、辿り着いたよ。ここからは各々自由行動だ。問題の妖刀は柄にいくつも呪符が巻かれているから、それが目印だ」


枷を解かれた囚人達が興奮に鼻を膨らませる。

今ひと暴れすれば、即自由の身だ。

だがファルジナは冷たい笑みを浮かべながら愛刀を引き抜き、それに合わせて兵たちも一斉に剣を抜いた。


「言っておくけど、おかしな気は起こさないでね。それから怠け者も不要だ。今から十数える。僕たちに追いつかれた者はその場で処刑だから」

「な、なんだと!?」

「はい、始めるよ。いーち…」

「ま、待ってくれ!!俺たちの武器は!?」

「そんなもの何処にあるの。にーぃ…」


剣を掲げた鉄の塊のような兵団が一歩前に出る。


「じ、冗談じゃないぜ!!」


ファルジナの本気を悟った囚人達は我先にと遺跡に雪崩れ込んだ。


「ヴィンセント!!」

「ああ!!行くぜ、悪魔探し!!」


ヴィンセントは軽快に飛び出すと、死に物狂いで走る囚人をごぼう抜きにし先頭へと躍り出た。

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