第19話 ゼナの風
反り立つ巨大な柱の頂点から荒野を見下ろしていたゼナは、苦虫を噛み潰した顔になった。
「なんてことだ…。流石にあんな量でこられちゃカラも食当たりを起こすじゃないか。これが団長さんが警戒していた事態ってわけか」
となれば、あの集団の目的はカラではなくラシウスだ。
「仕方がない。ここを荒らされる前にラシウスを突き出すか」
レイドには悪いが、ゼナにとってそれは当然の選択だった。
長い杖をトンと足下に突くと三つの銀輪が音を立て、彼の周りに風が集まる。
ゼナは柱から飛び降りると、明らかに人の筋力ではありえない身軽さで次々と瓦礫に足をかけ地下へと下りていった。
程なくして底まで辿り着いたが、いつもの寝ぐらにラシウスの姿もカラの姿も見当たらない。
「あれ?おーい、二人とも何処だー?」
複雑に積み上がった瓦礫や地底湖を巡るも、やはり何処にもいない。
「おかしいな。カラはともかくラシウスは地形的に絶対にここから出られないはずなのに」
一周して元の寝ぐらまで戻ると、数メートル上から声がした。
「ゼナ!!」
「あれ、ラシウス?よくそんな所まで登れたね。体もすっかり動くじゃないか」
純粋に驚いていると、壁を削って作られた通路から飛び降りてきたラシウスが詰め寄ってきた。
「ゼナ、カラを見なかったか」
「は?」
「昨日から行方が分からない。様子もおかしかったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
ゼナはラシウスの余りにも予想外な様子に面食らった。
「カラは別にここから自由に出入り出来るんだ。少しくらい出て行ってもおかしくないよ」
「え…」
「何を取り乱してるのさ。むしろ今まで君とずっと一緒にいたことのほうが不思議だったんだけど」
ラシウスは言われて初めて冷静さを欠いていた自分に気付いた。
滑らかな白い頬はみるみる赤く染まり、思い詰めていた顔が気まずさに変わる。
「そ、そうか。そうだな。声を荒げたりしてすまなかった」
ゼナは今の状況も忘れて思わず吹き出した。
「ちょ、なに。そんなにあの子のこと心配したの?」
ラシウスの眉がムッと寄る。
「ここは遺跡の底だ。何があるか分からないだろ」
「でも、あの子は悪魔の子だよ?」
「それがどうした。カラはカラだ。死なない保証だってないだろ」
半分は意地で言ったのだろうが、ゼナはラシウスの言葉を胸で反芻すると儚い笑みを浮かべた。
「君が、あの子の全てを見てもそう言ってくれるなら本当に嬉しいよ」
カラは人を喰う。
その生々しい現場を、ラシウスはまだ知らない。
「さて、困ったな。今僕は君への好感度を上げている場合じゃないんだ。何も教えないまま連れ出そうとしたけど、今のでちょっと考えも変わっちゃったな」
「何のことだ?」
銀輪がラシウスの妖刀を指す。
「城からここへ兵が派遣された。あと数時間でこの遺跡は荒らされ始めるだろう。彼らの狙いはそれさ」
ラシウスの顔色がはっきりと変わる。
「僕はカラとこの遺跡を守りたい。だから、正直に言えば君を彼らに突き出したいんだけど、君はどう思う?」
意地の悪い質問だ。
そう思いながらもゼナはラシウスの赤みを帯びた茶色い瞳を真っ直ぐに見つめた。
怖気付き、取り乱す。
あるいはその妖刀をこちらに向ければ即排除。
そしてその可能性は高いと踏んでいたのだが…。
「ここから出してくれ。俺が行く」
負けずに真っ直ぐ返ってきたのは、美しくも強い眼差しだった。
ゼナは何故か嬉しくなると手を差し出した。
「掴まって。上まで一気に行くよ」
「抜け道を通るんじゃないのか?」
「この奈落の底にそんなものがあるとでも?出入り出来るのは僕とカラだけさ」
ラシウスが半信半疑でゼナの手を取ると、長い杖がトンと地面を叩いた。
天井から降り注いだ風が、二人の周りで舞い上がる。
「これは…」
「僕に合わせて跳んでね。行くよ」
ゼナにつられて地面を蹴ると、考えられない高さの柱まで跳び上がった。
「なっ」
「まだまだ」
次から次へと壁や瓦礫に足をかけては眩しい天井へと向けて跳び上がる。
ラシウスは近づいてくる日の光から目を庇いながらも一心に地上を目指した。
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