第16話 僅かな動揺
それはなんとも大袈裟な英雄伝だ。
淡い碧眼が疑わしげな眼差しになったが、レイドは荒野を見たまま続けた。
「伝承にある妖刀の力を、ラスは体現しちまったんだ。こんな話が城に届かぬわけがない。で、ひと月してこの有様だ」
「誰かがラシウスから刀を取り戻そうと、急に動き始めたのですね…」
「ああ。真っ向からラスに手を出してくる奴は全て撥ねつけるつもりだったが、まさか悪魔討伐に充てがわれるとはな」
「そういう、ことだったのですか」
ゼナは遺跡の方角に目を細めた。
あの底で回復を待つ騎士に思いを馳せる。
随分、綺麗な人だと思った。
全身がボロボロで動けなくても、睨みつけてくる瞳に映るのは気高さと品性。
「ほんと、悪いことしちゃったな」
咄嗟にとはいえ、ラシウスだけカラのいる方へ突き落として良かったと思う。
危うく橋の上にいた男たちと同じく、仕掛けておいた爆弾と共にバラバラの肉塊になってから落ちていくところだった。
「僕が助けを求めたとはいえ、まさか本当に来るとは思わなかったからなぁ」
「あん?何ぶつぶつ言ってんだよ」
「いえ、ラシウスはもしかしてああ見えてお人好しなのかなと思いまして」
レイドは難しい顔で鼻を鳴らした。
「ラスは昔からいい奴だぞ。それを台無しにするのが周りの奴らだ」
何を見てきたのか、その声には怒りさえ含まれている。
彼の美麗さを思うと不快な予想がつき、ゼナの顔も曇った。
二人の間を乾いた風が抜けていく。
「…彼は、悲運かもしれませんが、不幸ではないと思います」
「んん?」
「少なくとも、貴方みたいな人がそばにいるのですから」
ゼナは遠い目をしていたが、レイドは驚きに目を見張るとポンと青年の背を叩いた。
「嬉しい事言ってくれるじゃねーか」
「いてっ。その筋肉隆々な手で気軽に叩かないでくださいよ」
「お前が何者なのかは知らんが、ゼナならラスのいい友人になれるかもしれんな」
「それは…随分無謀な話ですね」
憎まれる覚えこそあれど、心寄せ合う要素はない。
それでもゼナの心は僅かに動揺した。
「貴方たちがとっとと何処かへ行ってくれるのが僕の望みですよ」
自分に言い聞かせるように言葉を風に乗せる。
それは本心であり、そして虚勢なのかもしれないと自分で自分を笑った。
レイドは来る日も来る日も城の動きを探ったが、これといった情報はからっきし掴めない。
ゼナにはレイドの焦りが正直よく分からなかったが、その懸念は数日後に形となり、遺跡を襲うこととなった。
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