妖刀『繊月霈然』

第14話 死神部隊隊長ファルジナ

王城の一角。

上流階級しか施せない豪奢な部屋に、緊迫した空気が張り詰めている。

短鞭が空を切り裂くと同時に、ファルジナ・ミン・アスガナの左頬に鮮血が散った。


「見失ったで済むと思うのか。私は必ずラシウスの死に様を確認してくるよう厳命したはずだ」


ファルジナは眉ひとつ動かさず軽く頭を下げた。


「すみません、ケリー大佐」

「陛下は宝刀を一刻でも早く取り戻すことを望んでいる。次の失態は許されんぞ」

「心得ております」

「下がれ」


普段から口数が少ないだけあり、ケリー大佐の叱責は苛烈ではあるものの短時間で済む。

ファルジナは再度一礼をすると、悠々と部屋を出た。


「ファルジナ様、これを」


廊下で待機していた鉄仮面の部下が心配そうに左手でハンカチを差し出す。


「ああ、ありがとう」

「しかし大佐も酷いですよ。ファルジナ様の美しい顔に容赦なく傷をつけるなんて」

「これだけで済んだのならむしろ御の字かな。大体、お前たちが無能だから僕が怒られるんじゃないか」

「す、すみません…」

「まぁ、君は僕の罰に耐えたから許してあげるけどね」


ファルジナは項垂れる部下の右手を掴んだ。

手の甲に巻かれた包帯に、食い込むよう爪を立てる。


「ぐっ…」

「痛むかい?」

「いえ。いいえ、当然の罰です」

「熱した鉄であれだけ焼かれたのに、君も大した根性だね」


呆れて笑うも、部下はむしろ「ありがとうございます」とうやうやしく頭を下げるのみ。

何とも行き届いただ。


「さて、どうにかして遺跡の地下に落ちたラシウスの死体を探し出さないと。仕方がないから今度はこの僕も足を運ぼう」

「そんな、ファルジナ様が直々に…」

「ラシウスがレイドから離れた最大のチャンスに襲いもしなかった君たちに、これ以上任せておけるとでも?」


皮肉を言うも、彼らに与えた命令はラシウスの死を見届けることのみ。

機転を効かせて暴漢のふりすら出来ないことをファルジナは熟知している。


「そういえば罪人がまた増えたそうだね。今年はコロシアムは開催されるのかな」

「はい。議題には出ていました」

「ふむ…」


薄い唇に指を当て小首を傾げると、柔らかくうねる白銀の髪が揺らぐ。

同じ色の瞳は閃きと共にパッと明るくなった。


「そうだ。典獄に頼んでその罪人たちを借りよう」

「罪人を、ですか?」

「デスゲームの代わりに一斉に遺跡に放って宝探しをさせるんだ。妖刀を見つけた者には報酬も約束すればいい」


聞こえはいいが、その意図は明らかに邪魔なハイエナや悪魔を全面的に囚人たちにぶつけることだ。


「ですが、もし本当に罪人が妖刀を見つければそのまま奪って逃げるのでは?」

「それは出来ないよ」


確信めいた、きっぱりとした断言。


「宝刀『繊月霈然せんげつはいぜん』。あれは見つけることは出来ても誰にも持ち出せない」

「誰にも…?」

「忌々しいことに今はラシウス以外にはね」


過去にたった一度だけ目にした光景を思い出し、ファルジナの瞳が恍惚に濡れる。


「あれはとても美しい妖刀だ。あれに選ばれた者は全てを捧げ、魂までもを抜かれてしまう」

「ですが、それでは誰もその妖刀を持ち帰れないのでは?」

「だから僕が行くんじゃないか」


うっとりと話していたファルジナは途端に不機嫌になった。


「僕はあの妖刀を運ぶ手段をひとつ知ってるからね。ラシウスがちゃんと死んでから取りに行くつもりだったけど、そうも言ってられなさそうだ」


城の地下二階まで降りた二人は、重々しい鉄の扉を開いた。

途端に床に転がる者たちの醜い呻き声が漏れてくる。

ファルジナは“罰”を受けた男たちの合間を縫い、その先にある極秘訓練所へと足を向けた。


「さて、我らが死神部隊はどこまで連れて行こうかな」


王城を守るために配備されるのは貴族のみで固められた近衛兵団。

その中にまぎれ、公には決して認められていないながらも黙認されているのがこの第十三部隊。

通称死神部隊を引きつれるファルジナは、彼を熱狂的に愛してやまない部下たちを吟味し、忘却の遺跡コン・バルンへと狙いを定めた。

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