第12話 ラシウスとカラ

耳を覆いたくなる静寂。

そんな暗闇の中で、ラシウスは熱に浮かされていた。

動きたくても動けない。

もう、何度こんなもどかしい思いをしなければならないのか。


生々しく聞こえるのは己の浅い呼吸と鼓動だけで、それはきつく扉を閉めたはずの過去を引き摺り出してくる。

伸ばされる義母の白い手。

意味も分からず渡された妖刀。

閉じ込められた蔵の中。

禍々しい紫色の光と、快楽、恥辱、恍惚、屈辱、愉悦、不快、不快不快不快不快………


「う…」


瞼から一筋の滴が流れ落ちる。

その感触で目を開き、眠っていたのだと自覚する。

恥ずかしげもなく流れた感情に動揺するも、どうせ誰にも何も見えはしない。

そう思うだけで、暗闇はむしろラシウスの心を安定させた。


鈍い痛みに耐え寝返りを打つ。

何も無いはずのそこに、二つの目があった。

ぎくりと息を飲む。

自分と同じように隣で転がっていたのは、貧相な子どもだった。

大きく目を開き、伺うようにじっと見ている。

悪魔の子。

確か、名前は…


「カラ…?」


殆ど音を成さない声が乾いた唇からこぼれ落ちた。

そしてカラを認識すると同時に、暗闇しかなかったラシウスの意識に光苔の薄明かりが映った。

そうだ。

ここは遺跡の地下。

生きるか死ぬかの境目だ。


カラは体を起こすと虚ろな目で見下ろしてきた。

その瞳に映る姿は、さぞ滑稽なことだろう。

今すぐ消えてしまいたいのにそれすら許されず、ラシウスは何かを諦めたような笑みを浮かべた。


「…カラ。俺はお前を、殺しにきた」


言葉が通じないのか、カラは小首を傾げている。


「だから俺のことも喰らえばいい」


カラの手元には不似合いな長剣がある。

あれでひと突きすれば終わるだろうに、カラは身動きひとつせずラシウスを見下ろすばかりだ。


「お前も、俺が苦しむ様は悦びか?」


訥々とつとつとこぼれる自嘲、そして憎悪。

いまだに耳に残るのは、お前の顔を歪ませたくて堪らないと囁いた性悪狐の顔。

ただ、今はそれすらどうでもよくて。


「…好きにしろ」


再び仰向けになり目を閉じる。

何をされても構わないと本気で思っていたが、腹に感じたのは冷たい刃物でも、突き立てられた牙でもなく、ふわりとした感触だった。


この時はよく理解できなかったが、何をどう解釈したのか、カラはラシウスの腹を枕がわりにして転がるようになった。

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