第7話 忘却の遺跡コン・バルン
忘却の遺跡コン・バルンは、王国北部に大きく広がる荒野に何千年も前から存在している巨大遺跡の一つだ。
荒野に住み着く獣のせいで何年経っても調査は進まず、建造物はすっかり風化し、もはや石のジャングルと化していた。
「ギャン!!」
首に巻かれた鎖ごと岩に叩きつけられた最後のギャット・ハイエナが悲鳴と共に絶命する。
ラシウスは流れる汗を拭いながら、菱形の刃先がついた細い鎖を引き寄せ腕に絡めた。
「…はぁ、はぁ。やはり数が多いな」
体は思った以上に鈍っている。
半日歩き、獣の相手をするだけで手も足も痺れるように痛んだ。
白い岩肌に背を預け呼吸を整えていると、崩れて積み重なる巨大な石柱の向こうから騒音が反響してきた。
ラシウスは瞼を押し上げると目線だけを向けた。
(人の声。懸賞金目当てに乗り込んできた輩か…)
迂闊に人には近付けない。
だがその先に悪魔の子がいるのなら、行かぬわけにもいかない。
重い体を岩肌から引き離し、遺跡の奥へ奥へと足を踏み入れた。
それにしても迷宮のようなと言わしめるコン・バルンはやはり果てしなく広い。
何処まで行っても奥行きが見渡せず、幅は視界以上に広がり、何より脆く崩れる足元の更に下には、底の見えぬ空洞があちこちで大きく口を開いている。
悪魔の城にはもってこいだと月並みな思考しか浮かばず、形のいい唇に自嘲気味な笑みが浮かんだ。
「おい!!おいこっちだ!!もっとこっちにも手を貸さねぇか!!」
石柱を抜けた途端、明確に人の声が耳に届いた。
「無茶を言うなよ!!俺だって手一杯なんだ!!」
「くそ!!なんて数だ!!このままじゃ俺たち全員、悪魔を見つける前にハイエナの飯にされちまうぞ!!」
眼下に広がるのは、円錐状に地下に伸びる空洞に石の橋が幾つも架けられた、特に不安定な地形だった。
そしてどうやらハイエナ達の寝ぐらなのだろう。
無遠慮に乗り込んできた人間を
ラシウスは至って冷静にその場を観察していた。
悪魔らしき子どもの姿はない。
となれば長居は無用だ。
欲に駆られ、勝手に死んでいくだけの者に手を貸す義理はないのだから。
そっと身を引こうとしたが、その時橋のど真ん中に立つ青年と目が合った。
美しい碧眼だ。
こんな場には不似合いなロングローブに身を包み、手には身長よりも長い棒を持っている。
童顔な顔はラシウスに手を伸ばしながらくしゃりと歪んだ。
「た、すけて…!!」
ラシウスの脳内が、一瞬真っ白に染まった。
代わりに瞼の裏にフラッシュバックを起こす。
助けを乞い伸ばした手。
笑いながら閉じられた蔵の扉。
身体中に侵食した、薄暗い紫色の光。
青年目掛けて、ギャット・ハイエナが高く跳び上がる。
抵抗虚しく、フードに噛みつかれた青年は引きずり倒された。
「嫌だ…!!父さん、母さん!!」
悲痛な叫びが遺跡の奥までこだまする。
青年が食われる瞬時の未来が見えたが、毒々しい赤色を撒き散らしたのは飛びかかったはずのハイエナだった。
「え…」
「伏せてろ」
ハイエナの顔面に短剣を放ったラシウスは、青年の
襲い来る獣の首を的確に捉え、全く無駄のない動きで次々と橋から叩き落としていく。
「すごい…鎖の武器は扱うのが難しいはずなのに!」
まるで舞うように獣を蹴散らすラシウスに、青年の目が釘付けになる。
思わぬ強敵に怯んだのか、ハイエナ達は遠巻きに威嚇しながら姿を消した。
「はっ、はっ、た、助かったぜ」
苦戦を強いられていた男達が息を切らせながらラシウスを振り返る。
足取り怪しく橋を渡ると、両手を広げて近づいてきた。
「おい、そこのニイサン。お前のおかげで命拾いしたぜ。まさかあんなに大勢に囲まれるとはよぉ」
人並み以上に長身なラシウスだが、目の前に立つ男は更に大きい。
男はラシウスの顔に目を見張ると卑しく舌なめずりをした。
「こりゃ、えらく別嬪じゃねぇか。恩人の名前くらい聞いてもバチは当たらねぇよなぁ?」
値踏するその目に見下ろされ、ラシウスの首筋に虫唾が走る。
更に悪いことに、背後からも続々と男の仲間が周りを取り囲んできた。
ねっとりとした視線は容赦なく彼を嬲り、最後に異彩を放つ刀へと向けられる。
「これもまた珍しい刀だな。少し見せてくれよ」
いよいよ我慢できずに殺意の眼差しで男を睨み上げたが、その時思わぬ方向からラシウスに衝撃が襲いかかった。
「な…」
「貴方の命運は、直接カラに託しましょう」
三つの銀輪がついた長い棒先に橋から叩き落とされる。
奈落の闇に捕まった彼に笑いかけていたのは、碧眼の青年だった。
その数秒後、橋は大爆発を起こし粉々に砕け散った。
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