第6話 隠れた意図

古い歴史を持つ王国、ジュレイブ。

だがその歴史に安寧はなく、常に繁栄と衰微を繰り返してきた。 

現王マスピス三世の性質は悪しく、至って凡庸であった二世を上回る勢いで国を傾けている。

加えてこの飢饉だ。

最も栄える城下町でさえ人々はどこか荒み、治安も悪くなっていた。


「よぅ、兄ちゃん。どこの娼館上がりだい?」


賑わう酒場で男が絡む。

一人カウンターでグラスを傾けていたラシウスは、一瞥すらくれずに無言を決め込んだ。

数人はそれで諦めて離れたが、この男は既に酔いもあるのか勝手に隣に腰掛け粘着質に絡んできた。


「おいおい、聞こえてるんだろ?それにしても女より小せえ顔してるな。お、何だ、騎士のくせに剣じゃなくて刀かぁ?いい趣味じゃねぇか」


不躾な言葉に相応しい目で眺め回し、ラシウスの腰元に手を伸ばす。

だが触れる直前に側面から物凄い力で手首を掴み上げられた。


「やめとけ。こいつはこう見えても団内ゴールドクラス以上だ。正当防衛なんて理由をくれちまったら死に目を見るぜ」


レイドに掴まれた男の手がミシミシと音を立てる。

男は脂汗を浮かべながら呻き声を上げると、手を離されると同時に這々の体で離れて行った。

レイドは一番強い酒を頼みながらラシウスの隣に重い腰を下ろした。

古びた椅子から錆びた音が軋む。


「…ま、気にするな」

「別に気にしてませんが」


さらりと放つ声は完全に冷えている。

確かに、己の顔に刃物を突き立てたあの時に比べれば、酔っ払いに絡まれるなど蚊に刺されたようなものだろう。

ラシウスの眉間に薄く残る傷跡を横目で見ながら、届いたグラスの火酒を煽る。


「で、何か情報は得たのですか」

「ん?ああ。分かっちゃいたが、ちょっとばかり面倒だぜ」


ラシウスの横目が先を問う。

レイドは声を落とし、仕入れたばかりの情報ネタを口にした。


「悪魔が住み着いてるのは忘却の遺跡コン・バルン。何千年も前からある迷宮のように入り組んだ厄介な遺跡だ」

「古くからある遺跡なら獣の巣でしょうね」

「おそらくな」


荒野で一番凶暴な獣といえばギャット・ハイエナだ。

斑点模様の見てくれが不気味なだけでなく、群れを成し、壁ですら登り縦横無尽に襲いかかってくる恐ろしい猛獣だ。

悪魔退治に向かった傭兵が戻らないのも、半分はこいつらのせいなのかもしれない。


「だが厄介なのはそれだけじゃねえ。悪魔の子どもには密かに懸賞金がかけられているらくてな」

「密かに?」

「そりゃ大手を振ってそんなことすれば、子ども一人に国が手こずってますと宣伝するようなものだからな」

「まぁ、そうですね。ではその懸賞金の噂を耳にした者たちが遺跡に向かっていると?」


血の巡りのいい愛弟子にレイドの口角が上がる。

勿論そんなものに釣られる輩などろくでもないことも承知してるのだろう。

ラシウスは厳重に呪符の巻かれた刀の柄を無意識に指で辿った。


「お前がそれを抜く必要はないぞ」


先手を打ち、レイドが言い放つ。

サービスで出されたクラッカーを齧りながら、豪快に酒も流し込んだ。


「やっと動けるようになったのに、また妖刀なんぞに取り憑かれることはない。お前はそのままで充分に強いし、何より俺がいる」


ラシウスの瞳に翳りが落ちる。


「団長、俺は…」

「ラス、いいか?これは団長命令だ。絶対にその剣だけは抜くな」


命令とは思えぬ穏やかな声に、張り詰めていた肩から力が抜けていく。


「…団長の座は降りたのに?」

「うるせぇ。お前だって今俺のこと団長って呼んだだろうが」


子どものように唇を尖らせる剣の師に、ラシウスはひと匙程度の笑みをこぼした。

それは冷たい印象ががらりと変わる、婉然えんぜんたる微笑。

本人がその気になれば数多あまたの美女がのぼせ上がるだろうに、もったいないことだ。

レイドは決して口には出来ない思いを喉の奥に押しとどめ、流れ者の奏でる軽やかな弦楽器に耳をすませた。





遺跡出発は翌日の朝。

人々がどれだけ飢えに苦しみ倒れても、朝日は地平線を溶かしながら力強く昇り、透き通る空は豊かに色を変えていく。

ラシウスは起伏の激しい岩だらけの荒野を抜ける風を受け、挑むように立っていた。


生きて、戻れるのだろうか。


命令は役人を殺した悪魔の討伐。

レイドは何も言わないが、このおかしな命令の隠れた意図くらい分かるつもりだ。

左腰に吊るす鞘の中で眠る妖刀「繊月霈然せんげつはいぜん」。

正しく下賜されたこの宝刀を、国は唯一の使い手であるラシウスから取り戻したがっている。


「殺したいのは、悪魔よりも俺か」


呟きを乗せた唇をきつく引き締める。

置き去りにされたことに、レイドは激怒するだろう。

それでもこんな自分の為に迷わず団長の座まで捨てようとした恩師を、道連れにするわけにはいかない。

ラシウスはもう一度空を仰ぐと一人荒野に足を踏み入れた。

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