女優、浅井涼子
富本アキユ(元Akiyu)
第1話 女優、浅井涼子
女優、浅井涼子は自宅で変わり果てた姿で発見された。警察の調べで遺書が発見され、自殺だと断定された。彼女は多忙だった。ドラマや映画等多岐に渡り、芸能界の第一線で活躍していた。順風満帆に見えた彼女がどうして自殺なんて――。
世間は、突然の事件に驚きと悲しみの声で溢れた。連日、ニュースで取り上げられている。その様子を二人でテレビを観ながら、私は彼女と話していた。
「上手くいったわね、涼子。いいえ、美奈」
「あなたのおかげよ。ありがとうね」
私は、幼馴染である涼子に芸能界を辞めたいと相談されていた。
芸能界を辞めて田舎でのんびり農業をして過ごしたい。それが涼子の次の夢だった。
涼子は所属する事務所に相談した事もあったが、希望が叶う事はなかった。なぜならば浅井涼子は、今をときめく売れっ子女優。引退するなんて話を事務所は、許さなかった。だから私達は計画を立てた。涼子そっくりの遺体を用意し、遺体を涼子の部屋に置いた。そして涼子は名前を変え、岡野美奈という全くの別人として生きていく。
「んー、そうですねー。浅井涼子さんの所属する芸能事務所には、以前、本人から芸能界を辞めたいと申し入れがあったそうですよ。遺書にも女優を続ける事が辛くなりましたと書いてあったそうです。やはり売れて忙しくなった事や大きな仕事での精神的プレッシャーがストレスになって、自殺という道を選んでしまったんでしょうか」
テレビからは、自殺の原因をあれこれ勝手な憶測を立てて話している。
「それじゃ、私はそろそろ行くわね。落ち着いたらまた連絡するわ。その時は、私が作った美味しい野菜食べてよね」
彼女はそう言って笑った。
あれは一年前の事だった。私は、どこにでもいるごく普通の事務員の仕事をしている女だ。他人との違いを強いて言うなら、あの有名女優、浅井涼子とは幼馴染で仲が良いということだ。私は浅井涼子の幼馴染で仲が良いという事は、他人には黙っている。そんな事を言えば他人から羨ましがられ、代わりにサインをもらって欲しいだのこっそり会わせてくれだのと頼まれ事をされる事は目に見えており、そんな事になるのは面倒臭い。だから誰にも言わず、黙っているのだ。
その日、涼子から連絡が来た。会って話したい。相談したいことがあると。
私は、涼子に指示された待ち合わせ場所に行った。待ち合わせ場所に着いて待っていると、車のクラクションの音が聞こえた。音のする方に振り返ると、そこには高級車に乗ってサングラスをかけた涼子がいた。運転席の窓が開いた。
「乗って」
私は、車の助手席に乗り込んだ。
「どうしたの?話って。どこかの店で話をした方がいいんじゃないの?」
「人に聞かれたくない話なの。だから車を走らせながら話したいの」
「えっ?人に聞かれたくない話ですって?」
「私、女優を辞めようと思うの」
「やめる?どうして?」
「人の少ない田舎でのんびりとね。農業をして過ごしたいなって思ったの」
「そんなの勿体ないわよ。せっかくドラマや映画で活躍してるのに。女優、浅井涼子は、今を代表する女優じゃない。この前の映画だって最優秀女優賞を受賞したじゃない」
「そう。それももう三度目の受賞よ。私が目標として夢見たレッドカーペットの上は、もう三度も歩いたわ。だから女優は、もういいの。もう満足したの。女優の仕事に未練はないわ」
「そんな……。もう事務所にも辞める事は伝えたの?」
「田舎で農業をやりたいっていうことは伏せておいて、女優を辞めたいっていう意思は、伝えたわ」
「そうしたら事務所はなんて?」
「突然そんな事を言われても困るって。コマーシャルのスポンサー契約やその他の仕事にも色々な事情があるから、辞めるなら早くても五年後になるって言われたわ」
「そう……」
「でも私は、五年も待てない。人の一生は短いもの。五年も待ってなんかいられないわ。私は辞めると決めたらすぐに辞めるつもりよ」
「そんな事を言ったってどうしようもないじゃない。どうする気なのよ」
「そこで私は、ある計画を立てた。あなたにも協力して欲しい。女優、浅井涼子としてではなく、友人、浅井涼子として私を助けて欲しい」
「協力って……。助けるって……。私は、ただの一般人よ。私に何が出来るっていうのよ」
涼子の立てた計画は、涼子そっくりの遺体を用意し、その遺体を涼子の部屋に置く。そして涼子は名前を変え、岡野美奈という全くの別人として生きていくというものだった。
「そんな……。そんな計画、絶対にバレるわよ」
「バレないわ。遺体を調達するルートもすでに確保してある。岡野美奈の戸籍を手に入れる算段も出来てるわ。私そっくりの遺体が手に入り次第、計画を実行に移すわ」
「遺体を調達するルート?それはどこから調達するの?」
「私、以前ドラマで、おくりびとの役をしたんだけど、その時に葬儀屋の社長と知り合いになったの。遺体は、そこから調達するの。葬儀屋の社長には、上手く立ち回って遺体を手配してもらうわ。まあ結構な金額のお金を掴ませたから、それなりの出費にはなったけどね」
「葬儀屋がグルになっているのね。でも遺体は?どうやって運ぶの?」
「そこであなたの助けを借りたいの。深夜の人気が少ない時間帯に、私と一緒に私の住むマンションの部屋まで遺体の入った箱を一緒に運んで欲しい」
「マンションに防犯カメラがあるんじゃないの?」
「あら。言っていなかったかしら。私の住んでるマンションのオーナーは、私よ。その日だけ防犯カメラを外すなんて簡単な事よ」
「でももしも万が一、人に見られたらどうするの。浅井涼子が大きな物を部屋に運び込んでるなんてバレたら意味がないわよ」
「私は女優よ。髪型も変えるし、メイクもいつもと違うメイクにするわ。だから絶対に誰かに見られたとしても、私が浅井涼子であるとは気づけない」
そして、それから涼子から連絡が来た。今日、実行すると。
遺体の入った箱を涼子と一緒に涼子の部屋へ運んだ。そして中を開けると、本当に涼子に瓜二つの顔をした遺体が眠っていた。
「凄いわね。本当に涼子そっくり。涼子のドッペルゲンガーね。実際にこの目で見てみるまでは実感が湧かなかったけれど、この遺体が涼子の部屋にあったら誰でも涼子が死んでいると思うわ」
「後は、私が書いた遺書を部屋に置いておくだけよ。明日の朝には、マネージャーが部屋に来る事になっている。きっと遺体の第一発見者は、私のマネージャーになるわ」
後日、浅井涼子の遺体は発見され、大きなニュースとして報道された。
そして浅井涼子は、岡野美奈として生きていく。
それから半年が経った頃だった。
涼子……いえ、岡野美奈から連絡が来た。
「野菜が出来たの。キャベツとか色々作ったの。どれも美味しいわよ。そっちに送るわね。それから時間が出来たら、ちょっとこっちに遊びに来ない?」
私は、有休を使い、休みを取った。そして涼子がいる愛媛県へと向かった。
四国に行ったのは、初めての事だった。
東京からだと遠いし、旅行でも行ったことがない。初めて訪れた愛媛の土地の空気は、何だか東京の空気よりも澄んでいて美味しかった。私は、空気が美味しいという感覚を生まれて初めて体験した。涼子に事前に教えてもらった住所まで、JRとタクシーを使って辿り着いた。
住所は、おそらくここで間違いないだろう。この古民家がそうだろうか?
ここに涼子が住んでいるのだろうか。
私は、古民家のチャイムを鳴らした。
すると涼子が出てきた。
「いらっしゃい。よく来たわね。どうぞ、上がって」
そこには、サラサラのロングヘアーがトレードマークだった女優、浅井涼子の姿ではなく、髪を切り、ショートヘアーになった涼子、いや、岡野美奈の姿があった。
「随分とバッサリ髪を切ったのね」
「ええ。畑仕事をする時、髪なんて短い方がいいでしょ」
「それにこの古民家、ここも買ったの?」
「そうね。安くて良い物件があってよかったわ。良い雰囲気出てるでしょ?まあでも一人暮らしには、持て余す程の広さだけどね」
畳の部屋で涼子が入れてくれた珈琲を飲みながら話す。
「野菜、送ってくれてありがとうね。どれも美味しかったわ」
「そう。それは良かったわ」
「どう?こっちの生活には、もう慣れてきたの?」
「ええ、おかげ様で。近所のおじいちゃんやおばあちゃんも良い人ばかりよ」
「そう。ご近所さんとも上手くやってるのね」
それからその日は、涼子の家に泊まり、涼子と沢山の話をして楽しい時間を過ごした。次の日、私は東京へ帰る為、涼子の家を出て、家の前に呼んだタクシーに乗り込もうとした時だった。
「美奈ちゃん」
「あら、坂野のおばあちゃん。どうしたの?」
「サツマイモを沢山貰ったんだけど食べない?おすそ分け」
「あら、いつもありがとう。頂くわ」
「あら?そちらの人は?」
「私の地元の友達。東京から遊びに来てくれたの」
「あらあら、そうなのー。ねぇ、あなた。美奈ちゃんって美人だと思わない?」
そう言って、おばあちゃんは私の方を見る。
「そうですね。昔から可愛かったですよ」
「ほら、顔なんて女優のあの人に少し似てない?あのー、半年くらい前に自殺して亡くなった美人な女優さん。えーと、名前なんて言ったかしら……」
「浅井涼子?」
私はドキッとしながら、平然とそんな事を言う涼子の顔を見た。
「あっ!!そうそう!!浅井涼子!!顔が似てるわよね。髪伸ばしたらそっくりなんじゃない?」
「ええ。よく浅井涼子に似てるって言われるの」
そう言って、岡野美奈は、にやりと笑うのだった。
女優、浅井涼子 富本アキユ(元Akiyu) @book_Akiyu
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