番外編 全てを失った男 (公爵家当主視点)
コルクスの足音が完全に聞こえなくなってから、私は小さく呟く。
「……それにしても、これで侯爵家は終わりか」
そう言いながら、私は思わず苦笑を浮かべる。
コルクスの存在は、侯爵家において最後の希望と言っていい存在だった。
それをマーシェルが取り戻せる確証もなく切り捨てたクリス。
その愚かさに、私はあきれることしかできなかった。
「マーシェルに危害さえ与えなければ、コルクスは侯爵家と共に滅びる覚悟だっただろうに」
あの悪名高い前侯爵家当主の唯一の良心として動き続けたコルクス。
その老執事がどれだけ心優しい人間なのか、私はよく理解していた。
だからこそ、最後の命綱を自ら切り捨てたクリスは考えなしの愚行と言えるだろう。
しかし、それ以上に私は呆れを覚えずにはいられない人間がいた。
「こんな侯爵家を、死んだあいつが見たらどう思うかは見てみたかったな」
そうくつくつと笑う私の脳裏に浮かぶのは、先代の侯爵家当主だった。
あの男は、侯爵家を発展させるために様々な手段を選んできた男だった。
全ては、一族の為に。
だから、自分の血筋を絶対のものとして生きてきた男。
──そして、その男がクリスを当主として選んだからこそ、侯爵家はもうつぶれるのだ。
「純血ではない時点でアイフォードに価値はない、か」
それはかつて先代侯爵家当主が私に言い放った言葉。
しかし、今やアイフォードはクリスなど比にならない価値を手にしつつあった。
まだ一代限りの身分であるが、爵位を得るのも時間の問題だろう。
先代侯爵家当主は、あらゆる手段を以て、クリスの周囲を固めた。
コルクスをつけ、優秀な使用人で囲み、そしてマーシェルを契約で縛り付け、アイフォードを追い出した。
けれど、最後に全てを手にしたのはアイフォード……コルクスが、当主にふさわしいと最後まで守り抜いた人間だった。
そんな現状に、私は最後まで弟へのコンプレックスを抱きながら死んだ男をあざ笑う。
「本当に最後まで、コルクスの足をひっぱるだけの男だったな」
それが、最後まで自身の欲望に生きた男の野望の、あっけない終わりだった。
コルクスが去っていった方向、アイフォードの屋敷を見つめ、私は小さく呟く。
「これからは、好きに生きろよ」
そう呟いた私の顔には、隠しきれない慈しみが浮かんでいた。
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