勘当のその後

プロローグ (伯爵家家宰マイルズ視点)

 ──家宰の私を余計な人間といいたいのか?


「……っ! くそ、くそ!」


 それはかつて、侯爵家の家宰であるコルクスに言われた言葉。

 それから数週間はたっているだろうか。

 今いる場所は、侯爵家からはるか離れた伯爵家の屋敷だ。

 それにも関わらず私、マイルズの中からはその怒りが消えることはなかった。

 苛立ちを必死にこられるように、私は唇を噛みしめる。

 しかし、それは全て無駄だった。

 こられきれない怒りが、私の中で燃えさかる。


「もう少し、もう少しで……!」


 あの時、クリスに会いに行ったときあれは千載一遇のチャンスだった。

 あの男であれば、何とかして融資を引き出すことも無理な話ではなかったのだ。

 そう、あの家宰のコルクスの邪魔さえなければ。


「くそ……! くそ……!」


「マイルズ殿」


「……っ!」


 私を呼ぶ声が響いたのは、そんな時だった。

 私が反射的に振り返ると、そこにいたのは黒ずくめの仮面をした男だった。

 呆然と立ち尽くす私に、その男は口を開く。


「今回の契約分が未だ支払われていないが、いったいどういうことだ?」


「そ、それは」


 その言葉に、私は無言で唇を噛みしめる。

 ……その仮面の男の言葉こそが、今の私の苛立ちの原因だった。


 本来であれば、侯爵家から工面した金で何とかする予定だった。

 だが、そんなことを言ってもどうしようもないことを私は理解していた。

 無言で俯く私に、仮面の男は深々とため息をつく。


「はあ。もう何度か私は契約金の支払いを延ばしているはずだ。これ以上先まだ延長を求めるのか?」


「ま、待ってくれ。もう少しで……」


「それはもう聞き飽きた」


「……っ!」


 その冷たい言葉に、私は唇を噛みしめる。

 この男は、やると言えば本気で手段を選ばないことを私は知っていた。

 一体どうすれば、と私は必死に頭を回す。

 そんな私に、うんざりとしたように仮面の男が口を開く。


「用意しようとすればいくらでもできるだろうが」


「……は?」


「何だ? 私が伯爵家の嫁いだ娘が騎士団長と再婚したことをしらないとでも思ったのか?」


 呆然とその言葉を聞く私に、仮面の男は一枚の書類を差し出してくる。

 そこには、間違いなくあの娘……マーシェルが再婚した旨が記されていて。


「と、当主様!」


 次の瞬間それを奪い取った私は全力で走り出していた。

 その口元に浮かぶのは、隠しきれない笑み。

 これなら、新しく金銭源となる。


 しかし、そう浮かれている私は気づいていなかった。


 そう走っていく私の背中を、仮面の男が笑いながら見つめていたことを……。



 ◇◇◇



 新章となります。よろしくお願いします。

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