第66話 想像もせぬ攻撃

 目の前に立つアイフォード。

 その様子は明らかにいつもと違っていた。

 その目に浮かぶ隠す気のない怒りに、私はただ呆然と後ずさることしかできない。

 しかし、この狭い廊下の中でいつまでも逃げられる訳がなかった。

 すぐに壁に背中が当たり、私は下がれなくなる。

 動けなくなった私を、冷ややかな目で一瞥してアイフォードは口を開いた。


「それにしても随分勝手をしてくれたようだな」


「……それは」


 その言葉に、私はなにも言い返すことはできなかった。

 私は理解していた。

 自分のやったことが決してアイフォードに喜ばれる類のものではないと。

 計算を乱されたことに、アイフォードはさぞ怒っているに違いない。


 しかし、そう考えつつも疑問がないわけではなかった。

 それだけの理由だと考えるには、アイフォードの怒りが大きすぎる気がして。


 ……そんな風に、私が冷静に考えていられたのは、次のアイフォードの言葉を聞くまでだった。


「自分を捧げて生きている、か? 大層な言い分だな」


「っ!」


 その瞬間、私はようやく気づく。

 あのタイミングで出てきたならば、アイフォードがあの言葉。


 ……私の醜いあの自白を、聞いていてもおかしくないことを。


 一旦は危機を脱したことで私の中に生まれていた余裕が消え去ったのはその瞬間だった。

 呆然と私はアイフォードを見上げる。

 その心には、今までのアイフォードへの疑問など残っていなかった。


 ……あるのは、一番見られたくない部分を見られてしまったという羞恥心。


 この状況でさえなければ、私はこの場から逃げ出していただろう。

 それほどにあの自白は私にとって絶対にアイフォードには見せたくなかった部分で。

 故に私は、必死にいいわけしようとする。


「ちが、あれは……!」


 しかし、混乱した頭は私の願うような言葉を告げてくれはしなかった。

 意味のない羅列が、私の口から漏れる。


 ゆっくりとアイフォードが私の方へと踏み出したのは、その時だった。


「……っ!」


 どんどんと私の方との距離を詰めてくるアイフォード。


 殴られる。


 その姿に反射的にそんな考えが私の頭によぎる。

 次の瞬間、私は反射的に頭を庇う。


「え?」


 ……けれど、次の瞬間私の身体を襲ったのは痛みではなく、たくましい身体に包まれる感覚だった。


 なにが起きたのか理解できず呆然とする私の頭上から、アイフォードの声が響く。


「この、大馬鹿が……!」


 その声を聞いてようやく私は理解する。


 ──自分が、アイフォードに抱きしめられていることを。

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