第67話 気づいたのは

「……っ!?」


 まるで想像もしない事態に、私は無言で叫び声をあげる。


 もしかしてアイフォードが転んだのだろうか?

 離れる方が正解なのだろうか?


 そんなずれた思考が私の頭をよぎる。


「……だれが、生け贄なんか求めた?」


 けれど、そのアイフォードの言葉を聞いた瞬間私はなにもできなくなってしまう。


 ──そのアイフォードの声が、私が一回しか聞いたことのないレベルで震えていたが故に。


 同時に、私は気づく。

 自分の背中に回されたアイフォードのたくましい腕が、かすかに震えていることを。

 そのことに気づいたとき、私にはもうどうすればいいのか分からなかった。

 ただ、私は反射的にアイフォードの背中に手を回そうとして。


 ……アイフォードが唐突に身体を離したのはその瞬間だった。


「よし、怪我はないな」


 突然の行動に動けない私を見るアイフォードの顔に浮かんでいたのは、いつもの皮肉げな笑みだった。

 そのまま、アイフォードは口を開く。


「言っただろう? 俺は騎士団長になると。それから本格的にお前をこき使う予定なんだよ」


 そう告げるアイフォードの言葉には、もう先ほどの震えは存在してなかった。

 突然のことに、私は混乱を隠せない。


「だから勝手に動くんじゃねえよ。お前はもっと使いつぶすべき場所で使う予定なんだからな。分かったか?」


「……は、はい」


 混乱しながらも私が何とか答えを返すと、アイフォードはそれで話が終わったとばかりに私に背を向けた。


 何者かがこちらに向かってくる足音が響いたのはその時だった。

 そして、アイフォードの向かい側からネリアが姿を現す。


「ま、マーシャル様! 大丈夫ですか!」


 一直線に私の元に駆け寄ってきたネリアは私の状態をすぐさま確認し始める。

 ……しかし、そんな私たちをアイフォードがもう振り返ることはなかった。


 無関心を背中で告げながら、私たちのそばから去っていく。

 それは本当に今までのことが気の所為であったかのような姿で。


 ──けれどもう私は、いつも通りにその背中を見つめることができなかった。


「ねえ、ネリア」


「どこか痛むところが?」


 心配そうに尋ねてくるネリアに頭を横に振って、私は口を開く。


「……私、もしかしたら勘違いしていたのかもしれない」


「え?」


 今まで私がずっと抱いていた、アイフォードが私を憎んでいるという思い。


 ……それが間違いであった可能性に私が気づいたのは、その時だった。

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