第34話 穏やかな生活

「……いい天気ね」


 アイフォードの屋敷にやってきてから早二ヶ月近く、私は窓から差し込む日差しに目を薄めていた。

 陽気な天気は私の心を確実に癒してくれて、私は思わずほほえむ。


 ……しかし、直ぐにその微笑みは陰ることになった。


「はあ。本当にどうしてこんなことになったんだろ、私」


 そう言いながらも、私は理解していた。

 本来自分は、こんなことをいえる立場にないことを。

 私の立場は決して悪いものではない。

 それどころか、周りの人間が聞いたら驚くような扱いを受けていた。


 ……あまりにも手厚い、という意味で。


 それでも私は、逆に不安を覚えずにはいられなかった。

 間違いなく、今現在私が屋敷で受けている扱いは恨みを持った人間にするものではない。

 というのも、こうしてゆったりする時間があることかからもそれはわかるだろう。

 一日二日なら、まだ優しさだと思う。

 しかし、ここまでくると居心地の悪ささえ、私は感じていた。


 そしてもちろん私は、この生活に関して、ネリアを通じて抗議していた。

 ……なぜ、恨まれている側が厚遇に関して文句を言うのか、なんて思わないでもないが。


 けれど、何度抗議しても割り振られるのは侯爵家にいたころとは比較にならない些細な仕事だけ。

 あげくの果てに、ネリアから伝えられる伝言はいつも同じ。


 ──有事の際に動けなかったらどうする? お前の立場を考えて抗議しろ。


 その内容を思い出し、私は小さくため息をもらす。


「……私の方が明らかに立場を考えたこと言ってるわよね?」


 有事の際になど言われているが、どう考えても有事は今としか思えなかった。

 何せ、ここのところアイフォードの帰宅は遅く、ネリアもまたせわしなく動いている。

 準男爵という立場を得て日が経っていないことを考えると、それで非常に忙しいのだろう。


 ……なのになぜか、私が手伝うことはほとんど許されないのだ。


 もちろん、外部の人間に当たる私に押しつけられない仕事もあるだろう。

 それはわかるが、私がこっそり掃除などの雑務をしようとしても、怒られるのだ。

 使用人に任せた方が早いから手を出すな、と。


「私、伯爵家にいた頃は雑務していたて話したはずなのになぁ……」


 ぽつりと漏らした言葉は、空中の中に消えていく。

 とはいえ、さすがに手持ちぶさただから、何とか仕事を貰わないと、と私はそんなことを思う。


 私の部屋がノックされたのは、そんな時だった。


「マーシェル様、少しよろしいですか?」


「……ネリア?」


 この時間は家事をしているはずなのに、一体どうしたのだろうか?

 そんなことを思いながら、私は扉まで歩いていく。


「どうしたの? ……っ!」


 そして扉を開け放った私は、外の景色に立ちすくむことになった。

 にこにこと笑うネリアの後ろ、そこに立っていた人間はそんな私を見て、口を開いた。


「お久しぶりです、マーシェル様」


「……メイリ?」


 笑顔の彼女をみた私は、呆然とその名前を口にする。

 その私の言葉を受けて、かつて侯爵家で私の腹心だった彼女はにっこりと笑った。


「はい!」

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