第32話 責任の所在 (クリス視点)

 それから屋敷に帰ってきた私だが、それでも怒りが収まることはなかった。


「ふざけるな、どうしてこんなことに……!」


 苛立ちのままに、私は側にあった椅子を蹴りつける。


「おやめください。今はそんなことをしている場合ではない」


 そんな私を制止したのは、険しい顔をしたコルクスだった。

 しかし、その制止はさらに私の苛立ちを募らせるだけだった。


「ふざけるな! 話を聞いていなかったのか? ウルガのせいで、交易は途絶えたのも同然なのだぞ!」


 そう叫んだ瞬間、私の胸の中にさらなる怒りが湧き出してくる。

 帰りの馬車の中でもウルガに散々文句を言ったが、その怒りは少しも発散されることはなかった。

 しかし、その私の叫びを聞いてもなお、一切コルクスが動じることはなかった。


「本当にそれだけだと思っているのですか?」


「……どういうことだ」


 一切揺らぐことのない視線に、内心大いに動揺しながら私はそう問いかける。


「確かに、ウルガ様の行動は軽率極まりないと言えるでしょう。一言も話すな、そう言い聞かせていたはずですのに」


 その瞬間、私は安堵する。

 やはり、コルクスも話は分かっていたかと。


「やはり貴様もそう思ってる……」


「ですが、どうしてクリス様は直ぐにウルガ様を制止しなかったのですか?」


「っ!」


 そうして私が安堵できたのは、そのときまでだった。

 鋭い鷹のような視線を前にして、私は言葉を失う。

 咄嗟に私は、言い訳しようと口を開く。


「……咄嗟のことで注意できなかったのだ」


「ほう。私があれだけウルガ様の動向に注意しろ、そう言っていたのにですか?」


 しかし、そんな行為はコルクスの前には無意味だった。

 間髪入れずそう問いかけてきたコルクスに、今度こそ私は言葉を失う。


「貴方がそこでウルガ様を制止できていれば、公爵家当主の不興を買うことはなかったのです。これは決して、ウルガ様だけのせいではない」


 淡々とそう諭してくるコルクスに、私は唇をかみしめる。

 しかし直ぐにコルクスを睨みつけながら、口を開いた。


「おとなしく聞いていれば、ぺらぺらと……! そもそもお前が一緒に来てさえいればこんなことにはならなかっただろうが!」


 そう、コルクスが一緒に公爵家にきていればこんな事態が起こることはなかったのだ。

 けれど、そう叫んだ私を見るコルクスの顔に浮かぶのは呆れだった。


「……行く前にもお伝えしませんでしたかな? 大幅に使用人が減ったせいで執事もいない今、私はここから離れることができないと?」


「うるさい! そんなこと、ほかの人間に……!」


「その頼める人間を貴方が追い出したのです」


「……っ!」


 冷ややかなコルクスの目、それに私は何も言えず黙り込む。

 そんな私に小さくため息をもらし、コルクスは吐き捨てた。


「もう少し考えて動いてください。明日にも、今後について話しましょう。それまでに少しは頭を冷やしておいてください」


 ……そうして背を向けたコルクスに、今度こそ私は何も言えなかった。

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