第31話 失言 (クリス視点)
その瞬間、私の頭にコルクスが言っていた言葉が蘇る。
──ウルガ様、貴女は極力話さないようにしてください。
その言葉通り、私はウルガを止めようとして。
「うる……」
……けれど、私はその言葉を途中でやめた。
胸に浮かぶのは、本当のことではないかという反発。
ここで止める意味があるのか、そんな思いが私の胸によぎり。
「クリス殿、貴殿の愛妻にはもっと教育が必要な様だな」
──ぞっとするほど冷たい声を公爵家当主があげたのはその時だった。
背中が粟立つ感覚とともに、私はふと理解する。
自分が選択を大きく間違えたことを。
しかし、そう悟ったところで事態が改善する訳ではなかった。
一言も話せない私に対し、冷たい視線で公爵家当主は続ける。
「いや、教育が必要なのは貴殿自身かな?」
「……っ!」
その言葉に怒りと羞恥で私の顔が赤く染まる。
しかしここで何かを言える立場に私はなかった。
それを理解しているが故に、私は何とか必死で怒りをこらえる。
そんな私を冷ややかに見つめながら、公爵家当主は口を開く。
「失礼だと言いたそうな態度だね。だが、これに関しては謝る気はないよ。君にそこまでの敬意を払う必要を私は感じない」
「なっ!」
「陰の支配、そんな異名を奥方につける原因となった自身の行動、今までの全てを少しは省みたらどうだ?」
そう言って、公爵家当主は私に背中を向け扉の方へと歩いていく。
しかし、扉を出る直前私へと振り返った。
「後一つ言っておくが私は、奥方が戻るまで交易の件について話し合う気はない。精々奥方を看病したまえ」
「は?」
呆然と声を上げた私の目の前、音を立てて扉が閉まる。
その時になって、血の気が引いた顔で私は理解する。
……このままでは、最悪の事態になると。
「ま、待ってください!」
そう悟った次の瞬間、私は扉の方へと向かって走り出す。
しかし、その手が扉に届く前に私は側にいた衛兵によって、制止させられることになった。
「それ以上進むのは許されません」
「っ! いいから、私を通せ!」
「まだ分かりませんか?」
腰の剣に手をかけ、衛兵は口を開く。
「主は貴方とは話をしないと言っているのです。どうぞ、お引き取りください」
よろよろと後ろに下がりながら、私はようやく気づく。
今現在、自分は最悪の失態を犯したことを。
……こうして交易はほぼ断絶した状態となることになった。
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