第26話 思い出すのは
「これもお似合いですね、マーシェル様。ほっそりされていて本当におきれいです!」
「……ありがとうございます」
それから少しの後、私は服を着付けてもらいながらも、その間衝撃から立ち直っていなかった。
ネリアのされるがままになりながら、私は呆然と考えていた。
実のところ、私はアイフォードが準男爵という身分を得たことに関しては知っていた。
騎士として手柄を立てた上のものであることも。
……しかし、これほどの屋敷を持つ身分になっているとは、知る由もなかった。
確かに、騎士が準男爵の身分を手にすることはあるが、決して楽な話ではない。
よほどの活躍をしたのでなければ、その身分を与えられることはないだろう。
だが、この屋敷は準男爵が持てるレベルのものではなかった。
この家が子爵家のものだと言われても、私は信じていただろう。
この屋敷はそれほどのもので、故に私は驚愕を抑えられない。
その内心を私の様子から悟ったのか、ネリアは笑って口を開いた。
「驚かれましたか、マーシェル様?」
「え?」
思わず呆然としてしまった私に、ネリアは何かを思い出すように、遠くへと目を向けながら口を開く。
「そうですよね。こんなお屋敷を得られるのは貴族様くらいですもんね。……旦那様は、恩返しをするために、と頑張ってここまでこられましたから」
「……恩返し?」
その言葉を私は思わずおうむ返しする。
考えられる限り、その恩人というのは侯爵家を出た後に出会った人間だろう。
何せ、侯爵家でのアイフォードへの扱いは酷いものだったのだから。
……私も含めて。
それでも、私の知らない人が彼に影響を与えていることに、私は少し複雑な思いを抱く。
そのことについてネリアに聞こうとしたその時、私の衣装を着せていたネリアが身体を離した。
「さて、準備は整いましたよ」
「……え?」
彼女の方へと目を向けると、彼女はにっこりと笑って告げる。
「食卓でアイフォード様がお待ちです。行きましょうか」
その言葉にあわてて立ち上がるも、私の胸は今更ながら鼓動が速まっていた。
そう、私は今アイフォードの屋敷にいるのだと、今になってようやく理解する。
……それも何ら彼と話すこともなく、こうして彼の屋敷に転がり込んだ状況であることも。
その瞬間、私の顔を緊張が覆う。
けれど、もう全てが遅かった。
にっこりと笑って、ネリアが口を開く。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。旦那様は優しい人ですから」
その言葉に、私は反射的に知っていると言いそうになる。
……その優しさにつけ込んで、私は最悪の行為を行ったのだと。
しかし、何とか微笑みを浮かべて私は告げる。
「そうなんですね」
「では、行きましょうか」
そんな私に微笑みかけ、ネリアはゆっくり歩き出す。
……その後ろを追う私の足取りはどうしようもなく重いものだった。
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