第9話 屋敷への期間 (クリス視点)

 それから、気持ちよく屋敷に戻った私は、ウルガを私室に案内した後、屋敷の人間達を集めた。

 そして集まった人間にマーシェルを離縁したこと、そして新しい妻を迎えたことを報告した。

 その報告に少なくない使用人達が喜びを隠せない様子を見て、私は思わず笑ってしまいそうになる。

 やはりマーシェルがちやほやされていたのは、外だけの話。

 実際は、こんなにも嫌われる存在でしかなかったのだ。

 しかし、そんな私の上機嫌に水を差す声が響いた。


「……本当に奥様を離縁されたのですか?」


 その声に振り返ると、そこにいたのは侯爵家の家宰の老執事だった。


「ああ、これだけの期間子供ができなかったのだ。当然の話だろう?」


 それは、前から用意していた離縁する為の口実だった。

 跡取りがいないのは貴族にとって致命的な状態だ。

 この話を出されれば、いくらうるさい家宰であれ、引き下がるだろう。

 ……しかし、その私の判断は大きな間違いだった。


「手を出していないのに、子供ができる訳がないでしょう!」


「……っ!」


 周りには聞こえない程度に配慮された声、それでもはっきりと告げられたその言葉に、私は茫然と立ち尽くすことになった。

 確かに、家宰の立場なら、そのことに察しがついていてもおかしくない。

 それでも、こんな場所でそのことを口にするなど、私は想像もしていなかった。


「……貴様!」


 思わず家宰を睨みつけるが、家宰は一切目を逸らすことはなかった。

 それどころか、私に対して真っ正面から見返し告げた。


「奥様をすぐに呼び戻し、謝罪してください! もちろん、今までのことも含めて」


「……っ!」


 必死にこらえていた怒りが、限界となったのはその瞬間だった。

 何が今までのことだ? 被害を受けてきたのは、私の方なのにどうしてここまで言われなければならない?

 その怒りのまま、私は家宰に吐き捨てる。


「これは明らかな越権行為だ。誰かこいつを地下牢につけれていけ!」


「家宰のコルクス様をですか!?」


「当主命令だ!」


 叫ぶと、気が進まない様子で衛兵がコルクスを引っ張っていく。

 ……まさか、家宰まで当主気取りでいたとは、そう私は思わず嘆息を漏らす。


「……ふふ、無様ね」


「いい気味だわ!」


 しかし、若い使用人達の間から聞こえてきた声に、私は思わず笑みを浮かべた。

 やはり、あの家宰もマーシェル同様嫌われていたらしい。

 使用人風情が身分も理解せずに刃向かうからこのような目に合うのだ。

 そう笑って、私は告げる。


「ではそろそろ私は仕事でもするとしよう」


 これですぐに、私も正式な侯爵家の当主だと全ての人間が認めるはず、そう考えながら。

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