第10話 書類の数 (クリス視点)

 これまでの出来事、それはほぼ私の想定通りに進んでいた。

 そして、私はこれからのことについても考えていた。


 まずは仕事を片づけ、使用人達の尊敬を得る。

 その次に大きな成果を示し、侯爵家の真の主は私であることを貴族社会中に知らしめる。


 ……その、はずだった。


「どういうことだ?」


 綿密にこれからのことをシミュレーションしていたが故に、私はまるで想像もしていない目の前の現実が信じられなかった。


 すなわち、自分の前を覆い尽くす書類の山が。


「……何だ、この書類は」


 呆然と漏らした私の声、それは隠せない程にかすれていた。

 それも仕方ないだろう。

 この山を直ぐに片づけると奮起していすに座ってからもはや三時間。

 それだけの時間を要してもなお、私は僅かな量の書類しか片づけることができなかったのだから。

 その事実に、私は衝撃を隠すことができない。


 いや、実際のことをいえば、私が衝撃を隠すことができないのは、その書類の量ではなかった。


「こんな難解なもの、私が処理していたものとはまるで別物ではないか……!」


 そう、私を真に苦しめていたものはその中身だった。

 次の瞬間、私は怒りのままに直ぐ側にいた執事を呼び止めた。


「おいお前、これはどういうことだ! この書類達は私がやってきたものとまるで別物ではないか!」


 突然の私の態度に、執事は一瞬顔色を変える。

 しかし、直ぐに申し訳なさそうな表情をして口を開いた。


「……申し訳ありません、当主様。私どもも申し訳なく思っているのですが、元奥様に申し上げてもやってくださらなかった分が、こうしてたまってしまっていまして」


「マーシェルが?」


「……はい」


 神妙な表情で頷き、執事はさらに続ける。


「失礼だとは思っておりますが、私としてはこうして旦那様が戻ってきてくださったことを心から喜んでおります」


「そ、そうか」


 その言葉に対し、私はできる限りまじめな表情を作って頷く。

 しかし、その内心は笑いだしそうな気持ちでいっぱいだった。

 あれだけもてはやされていたはずのマーシェルの真実、それに私は愉快な気持ちを感じずにはいられなかった。

 何が陰の侯爵家当主だ。

 一皮むけば、その実どうしようもない人間でしかないではないか。


「……それなら仕方ないか。まあいい、お前も自分の分の仕事を早く終わらせろ」


「分かりました」


 そういって、執事はすぐさま立ち去っていく。

 ……しかし、そのとき私は気づいておくべきだった。

 そんなことをいいながらも、執事が一切仕事をしていなかったことに。


 ──そして立ち去る直前、その口元には隠す気のない笑みが浮かんでいたことを。

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