第8話 マーシェル追放の理由 (クリス視点)

「ようやく、ようやくか……!」


 前妻となった、マーシェルの姿が見えなくなってから、私クリスはそうしみじみとつぶやいた。

 その心にあるのは、解放感だった。


 最初、マーシェルは私にとって便利な駒だった。

 侯爵家を継ぐために契約結婚したときから、侯爵家の雑務を代わりに処理するようになったことも。

 ……それが目障りになってきたのは、貴族社会にある噂が流れ出した時からだった。

 すなわち、侯爵家は女主人であるマーシェルのものだという。


 その噂を聞いたときの屈辱は今でも思い出せる。

 一体誰が、マーシェルを侯爵家に入れてやったと思っているのか、何度そう思ったことか。

 しかし、私が真の功労者であることにも気付かず、貴族社会はマーシェルを真の侯爵家の支配者と呼び続けた。

 だから、私はその時決めたのだ。


 ……いずれ、マーシェルは侯爵家から追放すると。


 そう思っても、その行動を私がすぐに実行に移すことはできなかった。

 それは私の父である前侯爵家当主が生きていたが故に。

 マーシェルとの婚姻が、私が侯爵位を継ぐ条件であったが故に、私はすぐに行動を起こすことができなかった。


 けれど、私の行動を散々制限してきた父も、数ヶ月前に死んだ。

 これで私は名実ともに、真の侯爵家当主となり、私の行動を制限する人間はいない。

 それが、私がこうしてマーシェルを追放できた経緯だった。

 これからはもう、私の行動を制限する人間も、私の名声を奪う人間もいない。

 そのことに、私は笑いを抑えられない。

 そして、それは隣に立つ私の愛する人も同じだった。


「とうとうなのですね。ようやく私はクリス様の妻として、隣に立てる……!」


 そういって、私の肩に頭を傾けてくる彼女……男爵令嬢ウルガ。

 彼女のその愛らしい態度に、私はさらに笑みを深める。


「待たせて悪かったな」


「いえ、そんなことありません! クリス様を思うがあまり、思いを抑えられなかった私が未熟だっただけなのです……」


「ウルガ……。だが、もう大丈夫だ。さあ、一緒に本邸にいこう」


「クリス様……!」


 感激したウルガの腰を抱き、私はゆっくりと歩き出そうとして。

 ……ある、嫌なものを見てしまったのはそのときだった。

 それは、最後にマーシェルが渡してきた書類だった。

 私は顔をしかめて、その場にいる使用人へと叫ぶ。


「……ちっ! おい、誰かそれを処分しておけ!」


「で、ですが……」


「反抗する気か? 当主の命令だとわからないのか?」


「わ、分かりました」


 そこまで言ってようやく動き出した使用人を一瞥して、私はウルガへと目線を戻す。


「邪魔が入ってすまないな、ウルガ。さあ、いこうか」


「はい!」


 そうして、私達は改めて本邸へと歩き出す。

 しかし、その時の幸せに満ちた私は知らない。


 ……このときの自分の行った命令を後悔する未来が訪れることなど。

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