第1話 三年後

「……本当に、どうしてあんな勘違いができたのかしら」


 私室の中、ぽつりと口から漏れた言葉。

 それは私以外の誰の耳に入ることもなく、霧散していく。


 ……この部屋の中に、私以外誰もいないが故に。


「あれから三年も経ったのね」


 その部屋を見ながら、私が思い出すのは三年前。

 まだ侯爵家令息だったクリスの婚約者として、この屋敷に来た時だった。

 あの時のことは、鮮明に思い出せる。

 それは間違いなく私の転機だったのだから。


 あれから三年間、私は必死に頑張った。

 貴族夫人としてのマナーを学び、そしてクリスを侯爵家の当主とするために必死に駆けずり回った。

 その際、父の雑務をこなしていた結果、基本となる教養を自分が身につけていたと知った時は笑ってしまった。

 何が役に立つか分からないものだと思って。

 その全ての知識、経験を活かして私は必死に頑張った。

 全ては恩返しと……クリスに見てもらえるかもしれないという希望から。


 その結果、クリスは無事侯爵家当主になった。

 恩返しとして考えるならば、それは十分すぎるものだろう。

 何せ、クリスの望みを私は十二分に叶えたことになるのだから。


 だが、もう一方の私の目的は、果たされなかった。


「所詮、私は契約結婚でしかない、のね」


 結婚してから三年経つにもかかわらず、一回たりともクリスが私の部屋に立ち入ることはなかった。

 それどころか、最近では愛人宅に頻繁に泊まっており、会話さえほとんどない。

 用があっても、簡素な手紙が届くだけだ。


 今、私の手に握られた手紙のような。


「本当に、どうして愛してもらえるなんて思ったのかしら」


 それに目を向け、私は笑う。

 とんでもない勘違いをしていた過去の自分へと。


「ふふ。私みたいなみすぼらしい女が、愛されるわけないなんて、当たり前の話なのに」


 ……だが、諦めるような言葉と反して、その手紙を握る私の手には強い力が込められていた。

 その手紙が破れてしまいかねないほどの。


 その手紙には、簡潔にこう書かれていた。


 ──もう少しで契約期間を終了する。よって、二日後には私の元に来るように。

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