第20話 学校祭の始まり

 浩とのやり取りを終え、家へと帰った翔。考えることはもちろん汐音について。


能力はどのような過去によって生まれたのか。なぜ浩を狙ったのか。疑問は残るばかりだが、そうもしてられない事態が翔には、いや、学生にはあった。


「おはよ~」


「あ、翔君おはよう!ちょっと机動かすの手伝って!」


登校して早々雑用を頼まれる翔。それも仕方ない。今日は学校祭当日なのだから。

時刻は現在8時。開会式を行って出店がスタートするのが9時であるから。それまでに準備を終わらせる必要があるのだ。と言っても後は机をカフェ用に動かすだけ。すぐに終わるような仕事だった。

浩も周りの装飾がはがれていないか確認している。見る限り落ち込んでいる様子ではなさそうで少し安心した。


「翔君のシフトなんだけど。午前で出てほしいんだよね。大丈夫そう?」


「うん、大丈夫だよ」


「ありがと!じゃあ開会式終わったら着替えよろしくね!」


「う、うん……」


着替え、それはメイド服を着ることを意味していた。


「ね、ねぇ……やっぱり僕裏方や「だめだよ!クラスで決めたじゃん!」


女子生徒の圧に押されて尻込みしてしまう。やはりやるしかないのだろうか……


「私もかわいくメイクしてあげるからさ!お姉さんを信じなさい!」


「同級生だよ……」


――――――――――――――――――――――――――――――


 開会式も終わり、現在は店を出す準備をしている。翔も着替えが終わり現在は同じクラスの女子生徒にメイクをしてもらっている。

手慣れた手つきでどんどん完成に近づいている。鏡で自分の顔を見てみてもぱっと男とわからないくらいの完成度にはなっていた。自分のことながら、かわいくないといえば噓になる。


「やば……私化粧上手過ぎない!?」


「う、うん。全然違う人みたい……」


厚化粧、というわけではなく割とナチュラルメイクに近いのだが、ある程度肌をきれいに整え、きれいに魅せたいところはしっかり描いてくれているから男らしさがかなり消えたという感じだ。


「一枚写真撮るね!ハイチーズ!」


咄嗟のことで頭が追い付いていない間に写真を撮られてしまった。ひゃっ!とか変な声が出てしまったが、この状態の今何をしてもかわいらしい女子になってしまうのが動く恥ずかしい。


「やだ~~!かわいい~~!後で写真上げるね!」


「い、いらないよ……っ!」


化粧を終えた彼女は、それじゃあよろしくねと、その場を後にする。翔のシフトの時間まであと数分といったところ。やるしかない状況だった。

そして、出店開始まであと5







「だ、男女逆転カフェで~す……!」


「いらっしゃいませ~!2名様ですね~!」


翔の頼まれた主な仕事は客の呼び込み。廊下で看板を持ちながらお客さんを呼び込むのが仕事だった。


「男女逆転カフェで~す……い、いかがですか~……」


男がメイド服を着ているという状況な手前人目にはつきやすい。その目線が翔の羞恥心をより煽っているのだった。


「ほらほら、もっとシャキッとしないと!」


同級生の女子に肩をパンと叩かれる。もっとやる気を出せということなのだろうが、もともと人前に出る性格ではない翔にはなかなか酷な話だったのだ。もっとも、接客をやるよりはましだということでこの仕事になったのだが。


「先輩は~どこかな~?」


「っ!?まずい!」


急に聞こえる馴染みのある声。咄嗟にその場から立ち去ろうとする翔だったが、時すでに遅し。


「あーー!天木先輩かわいい~!!!」


翔を見るや否や叫び始めたのは幽々奈。どうやら、翔を茶化しに来たようだった。彼女はすぐさまスマホを取り出し、パシャリという音を鳴らす。


「あっ!と、撮んないでよ……!」


「いいじゃないですか~、これも思い出ですよ!思い出!」


パシャパシャと複数回聞こえてくる音に、同級生の女子も焚きつけられる。


「これは集客のチャンスなのでは!?翔君ちょっと!」


「う、うわぁ!?」


男子がメイド服を着て、女子がタキシードを着る。男女逆転しているこの空間で彼女が思いついたのは、二人合わせての簡易的な撮影会だった。彼女は翔の手を取ると、そこに口づけをするような動作を取る。


「えっ!?ちょ……っ!」


「「「キャー――――!!」」」


その光景を見ていた周りの人たちも思わず黄色い声を上げる。それに合わせて彼女は様々なポーズを取り、それに呼応するようにシャッター音も数を増やして、その空間は翔たちのクラスが支配しているといっても過言ではなかった。


「……さてと、私たちのクラス男女逆転カフェは2-Aで行ってまーす!ぜひ来てくださいねー!」


「よ、よろしくお願いします~!」


「2-Aつったら近くにあるよな、ちょっと行ってみるか」


「かわいいメイドさんいるかな~?」


「私執事に会ってみたい~!」


宣伝は大成功し、多くの人たちが翔たちのクラスへと向かう。人通りが少なくなったところで翔は思わず床に倒れこんでしまう。


「つ、疲れた……」


「天木先輩大丈夫ですか?」


「つ、月見さんのせいだよ……!」


「えへへ、かわいかったのでつい。でもほら、良く撮れてると思いませんか?」


幽々奈は自身のスマホを見せる。そこに映っているのはしっかりとかわいい女子が、いや、翔が写っていた。確かに良く撮れている。


「……」


「急に一緒にいた執事さんもポーズを取り始めるものですから撮影が捗っちゃいました。あれ、彼女さんですか?」


「ち、違うよ!どうしていきなり……」


「だって……いきなり手の甲にキスなんかして……」



一番最初に取った彼女の行動のことを言っているのだろう。だがあれは実際にキスをしているわけではなかった。二人の会話を聞いていた彼女が否定する。


「あ~あれね、ぎりぎりまで顔を近づけてリップ音を鳴らすの、そしたら」


彼女がチュッと音を立てる。本当にされているわけではないのになんだが恥ずかしい。


「ねっ?リアルでしょ?」


「なるほど~!じゃあ付き合ってるわけではないんですね!?」


「もちろん、私彼氏いるし」


「彼氏さんがいるのにこうやって別の男子と仕事なんて……お疲れ様です先輩」


「彼氏は別のクラスだしね。それに、クラスのことも大好きだから、全力で盛り上げたいじゃん?」


軽くウインクをして、交代の時間だから先に戻るとその場を後にする。廊下にいるのは翔と幽々奈の二人となった。


「あの先輩かっこいいですね、天木先輩も見習ったらどうですか?」


「う、うるさいなぁ……」


「あの人が交代ってことはそろそろ天木先輩も交代の時間ですよね、この後はどうするんですか?」


「この後は―――」


もちろん決まっている。まずは接客をしているであろう浩と合流する。そして―――


「浩を助ける」


「赤城先輩のことですね」


「うん、今日で決着をつける。このまま野放しにするわけにはいかないんだ」


「……私たち異能研究会は、赤城先輩のことをよく知りません。なので、今回どうにかすることができるのは天木先輩だけだと思ってます。だから」


「……うん」


「ちゃんと解決したら、部活に顔出してくださいね?チョコバナナ作り手伝ってください」


そう言って幽々奈は翔の手を取ると、甲に対して軽い口づけをする。リップ音なんかではない、柔らかい感触。急な出来事に思わず声が漏れる。


「え……っ!?」


「あれ?私もリップ音の練習したつもりなんですけど、間違えちゃいました。てへ」


「てへじゃないよ……!何してんのさ……!」


「私なりの応援?です。元気出ました?」


「……―――っ!!」


「顔、赤くなってますよ?」


「う、うるさいなぁ……!!」


「それじゃあ私も部室に戻りますね。あとでちゃんと顔出してくださいよ?」


そう言ってその場を後にする幽々奈。翔も一時は狼狽えたものの、すぐに目的を思い出し、冷静さを取り戻す。

目的は、汐音の説得。なぜ浩を狙うのか。何があったのか。これ以上彼を苦しめないためにも――――――


「僕が、浩を助けるんだ」



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その少年はただ憧れていた ねらまヨア @Ao_a_9424

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