第19話 七咲汐音という人間

 約束なんて、するだけなら簡単だ。口だけなのだから。


私がそれに気が付いたのは、小学生の時だ。当時の私は人と関わるのが苦手で、隅っこで本を読んでいるような人間。ひとりぼっちって言葉がお似合いだった。


「俺が友達になるよ!」なんて気楽そうに話しかけてきた人もいるけど、私の性格がそれを受け入れなかった。だけど彼は何度も私に話しかけてきた。


「ねえ、なんでそんなに話しかけてくるの?うざいんだけど」


「うざいって……そんな言い方ないだろ!」


「ほんとのことじゃん。で、どうして?」



―――けたいから



「……え?」


「助けたいから!俺、警察になるのが夢なんだよね!」


「警察……?仲良くなることと関係あるの?」


「ああ!警察ってのは正義が大事だからな!正義はみんなを見捨てたりしない!ってね!」


正直言ってることがよくわかんなかった。だけど、その目はキラキラと輝いていて―――


「……ふふっ」


「あっ!今笑ったな!」


「わ、笑ってないし」


「よし!じゃあ俺らもう友達な!」


「えっ、そんな急に……っ!」


「約束だ!お前はもう悲しませない!この俺が守ってやる!」


「守ってやるって、そんな、小学生のくせに……」


「細かいことはいいから!ほら!早く帰ろうぜ!」


「ちょ、ちょっと……っ!」


そう言って私の手を引っ張ると学校を飛び出して公園へ。それが私たちの始まりだった。

一人だった私の世界を、彼が壊してくれて、そこから私の人生は変わった。学校に行くことが楽しみに変わった。


「―――ちゃん!今日遊べる?」


「うん!大丈夫だよ」


「よかった~!じゃあ今日うち来てね!」


あれから彼のおかげで友達も増えた私は、彼と過ごすことは少なくなっていった。

もちろん嫌いになったわけじゃい、感謝している。むしろそれをいつまでも伝えられないのが――――


「……さん!聞いてる?」


「えっ?あ、ごめん。ぼーっとしてた……」


あれから中学に上がった私は、とある日のことを思い出していた。



「ずっと聞きたいことあったんだけど」


「ん?何?」


「君の言う正義ってなんなの?」


「俺の正義か……それは」


―――誰も悲しませない、救って見せる!


「……って、俺乱暴だからさ、ちょくちょく泣かせちゃうんだけどな……はは……」


「……ぶ」


「え?」


「大丈夫!きっとその正義かなえられるよ!」


「き、急にどうしたんだよ……」


「だって、私のこともこうやって救ってくれたから、悲しみから救ってくれたから……」


だから―――


その先は言えなかった。まだ早いと思ったから。



「ぼーっとって、大丈夫?熱とかあったりして……」


ふいにおでこを触られそうになる。反射的にそれを払いのけてしまう。


「いや……っ!」


「ご、ごめん!心配だったから……」


「わ、私こそ……」


二人の間に沈黙が流れる。昼休みの喧騒も、二人の間では無力だった。


「で、さ。聞きたいことなんだけど、―――さんって彼氏とか「おーーい!―――くーん!!」


会話をわざと遮るようにやってくる集団、その目的はこの男だろう。


「みんな、どうしたの?」


「ここの問題わかんなくてぇ、次小テストでしょ?確認しておきたいな~って……」


「わかったよ、今行くから」


「やったぁ!ありがとっ!」


じゃあまた後でといなくなる彼、それだけでは済まないのが人間関係。


「―――ちゃん、あとでね」


決していい意味ではないのは確か。


その予想は的中した。放課後、私は女子トイレに呼び出され、いろいろなことを言われた。


たぶらかしてる、調子に乗ってる、偉そうにしてる、私たちのことを馬鹿にしてる……なんて。こういうのは言わせておけばいいのだ。その態度が癪に障ったらしい。


バチン!と大きな音が個室の中で響く。


「何その態度、喧嘩売ってんの?」


「知らない、言いがかりつけてきたのはそっちでしょ」


「だからその態度が……!」


二回目、さっきの痛みでは済まないのを覚悟した。


「……っ!」


「……もういい、明日から楽しみにしててね」


気が変わったのか、構えた手を下ろし、その女子生徒たちは帰っていく。ほっとしたような、もやもやするような。最後の言葉を気にしつつ私は帰宅の準備をする。



次の日、朝は特に変わったことは起きなかったが、問題は昼休み以降だった。

トイレを済ませ、自身の机へと戻る。


……ない、教科書が無くなっている。


机に落書きをしようものならほかの人から注目を浴び、ましてや器物損壊になってしまう。となればほかに人は気づかず、私にだけダメージを与える方法を取るのが一番だったのだろう。気にしたら負けなのだ。私はいつも通りの生活を送るだけ。


―――そしたらいつか、助けてくれるはずだから。


そのような行動は何日も続いた。体育の日にはジャージが、お弁当を取られることもあった。それだけにはとどまらず、廊下ですれ違う際にはつま先を踏んでみたり、気づきにくい部位への攻撃もするように。


さすがに少し限界かもしれない。その様子は外部にも表れていたようで――


「おい、最近元気無くないか?」


「そ、そうかな……」


「どう見てもやつれてるだろ、それで元気っていう方がおかしな話だろ」


「……ちょっとね」


「それだけじゃわかんねぇよ!ちゃんと相談してくれよ!友達だろ?」


いつか助けてくれるなんて思ってたくせに私は相談できないでいた。なぜかはうまく言えない。きっと怖かったのだ。


私は彼に相談した。最近の出来事、いじめに近いことを受けていること。私が限界であること。


「……わかった。俺が助ける」


「……ありがとう」


「なんたって、約束したからな。もう悲しませないって」


「……そうだね」


やっぱり彼は――――


浩は私を守ってくれる。小学生の時から、ずっと――――――






「お前の気のせいだったんじゃないか?」


変わらない現状、彼の言動、後ろでは彼女らの笑い声。

ダメだったのは明らかだった。むしろ―――




約束なんてものは簡単で、口を開くことだけでできてしまう。そこに重みなんてものは存在しない。

正義なんてものは存在しなくて、誰かが黒と唱えても、それを上回る人数が白と言えば白になる。それが正義。私はただの少数派だった。


悲しませない、助ける。なんて言って、結局は偽りの言葉に騙される。所詮そんなものだったのだ。そんなくだらないものだったのだ


だったら、だれも信用しなきゃいい。いや―――

むしろ、させなきゃいい。私が欺いてしまえば。




高校二年生、私はとある力を手に入れた。


私は彼の、浩の正義を否定する。

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