今日はお泊り 前編

 幽々奈の一件が終わり、7月31日。この日は浩の一声から始まった。


「ついに……夏休みだーーーー!!!」


「わぁ!教室でいきなり大声はダメだよ!?」


「だってよぉ、ようやく夏休みだぜ?なんか、去年より長く感じたというか……」


それはわかる。始業式に”何か”が現れてからは奇妙な生活を送っていた。ましてや浩は能力を使える人物の一人だ。無理もない。


「今日は終業式だけで授業もないらしいし、寄ってく?」


「翔から誘うなんてな。もちろんよ!」


先生がやってきて号令をかける。そのまま体育館へ向かい、終業式が行われた。


もしやまた現れるのか、と思ったりもしたが、そんなことはなかった。何の問題もなく式は終わり、場所はゲームセンターに移る。


「うひょ~、今日はいつもより人が多いなぁ……」


今日は寄り道しようと考えるものは二人だけではなかった。アーケードゲームのエリアも、クレーンゲームのエリアも人で溢れかえっていた。


「これは……なかなかにすごいね」


「これじゃあ全然楽しめないじゃないかよ~!」


なんてことを言いながら二人はふらふらと辺りを歩いてみる。

ふと目に留まったのは……期間限定アイスクリームキャッチャー!?そんなものまであるなんて。浩の目つきが変わる。


「今日はこれを取るまで帰らねぇ……っ!」


「が、がんばれ~……」


これは長くなるな。翔はそっと飲食ブースまで移動することにした。


二階にまでも響き渡るジャックポットの音。どうやら今日はメダルゲームで遊ぶ人が多いらしい。下を見てみると、大きなぬいぐるみを抱きしめて喜んでいる高校生もいた。いつもよりにぎやかな光景を眺めながら、翔はポテトを口に入れる。


「何してるんですか?先輩」


デジャヴ。翔は思わずむせてしまう。


「つ、月見さん……」


と、幽々奈の後ろには異能研究会がそろっていた。


「おお、ほんとにいたっすね」


「こんなところで何してたんです?ぼっち?」


「ち、違います!友達がクレーンゲームで遊んでて、時間かかりそうだから暇つぶしを……」


「それで下を眺めてたというわけっすか。若いのにやってること年寄り臭いっすね」


「めちゃくちゃ失礼だね!?」


何か用事でもあったのか尋ねると、「メッセージを見てないのか」と部長が言う。

見てみると、最後の通知に「お泊り会だ~(*´꒳`*ノノ゙パチパチ」とあった。……何これ?


「というわけで、俺の家でお泊り会をすることになった。その、よければ、もっとみんなと親睦を深めたいから……天木君も来てくれると嬉しいのだが……」


なんとなく話し方にぎこちなさを感じた。こうやって人を誘うのが初めてなんだろう。ちょっとかわいい。


「はい、大丈夫ですよ。楽しみです!」


「そうか。それは良かった」


「ちょっとうれしさ隠せてないのが部長のかわいいところですよね」


「佐枝くん、やめてくれ……」


「今日はそれを伝えに来ただけなんで、後はメッセージを見ておいてくださいね」


「邪魔するのも悪いんで」と四人が去っていく。残りはメッセージを見ておけとのことだったが……


『それじゃ、明後日にうちに集まってくれ』


『その前に明日、みんなで買い出ししましょう!何食べます?』


『タコパしたいっす!』


『いいですね。お泊りって感じがします』


「俺作れないが……」


これはたこ焼きで決まりだろう。翔もメッセージを返しておく。


「いいですね、たこ焼き。賛成です!」





浩が袋を持って走ってくる。どうやらたくさん取れたらしい。


「お、おかえり」


「やばい、めちゃくちゃ取れた」


袋の中身を見せてもらう。10は取れてそうだ。


「今日は満足したから帰るか!アイスも溶けちゃうしな」


「そうだね」


そして二人はゲームセンターを後にした。扉の先では太陽が一層輝いて僕たちを迎える。なんとなくだけど、そこに夏を感じた。そんな帰り道。





――――――――――――――――――――――――――――――


 浩の提案で、少し家に上がらせてもらうことにした。進級してからは初めてだ。何も変わっていない部屋の様子に少し安心する。


「クリームソーダでよかったか?」


「うん、ありがとう」


先ほどのアイスを持ってきてくれた。さっきまでカチカチだったのに、程よい柔らかさになってとてもおいしそうだ。夏、ありがとう。

……うん。なめらかでおいしい!


「明日から何しようかねぇ」


「僕明後日からお泊りすることになったよ」


「何!?俺より青春してねぇか!?」


「部長の提案なんだけどね。もうすぐ卒業だから、その前に思いで作りたいんだって」


「卒業、か。そっか、そうだよなぁ……」


なんとなくわかっていたことだが、異能研究会でわいわいできるのは、この夏が最後だろう。なんたって賢司と嶺は三年生。休み明けからは勉強に勤しむことになるだろう。それは二人にとっても他人事ではなかった。


「俺さ、いまだに何したいか思いついてないんだよな……」


「そうだね、僕も何をしようかなんて考えてなかったや」


楽しく過ごせればいい。そんなことしか考えてなかった翔に、将来の話をしても無駄なことは、自身がよくわかっていた。

父の研究を手伝う?無駄だ。何をしているかわからないし、知識もない。どう考えても役立たずだ。


「僕、何を目指してるんだろう……」







「ただいま~」


浩の家を後にして、家に帰る。珍しく父がリビングでくつろいでいた。「おかえり」と優しく微笑んでくれる。


「お父さん!」


「久しぶりだな、学校は楽しくやってるか?」


「うん!すごく楽しいよ!」


「それは良かった」


「お父さんは研究大丈夫なの?」


「ああ、とりあえずひと段落着いたからな。一週間くらいはのんびりする予定だ」


昔から研究が落ち着いたといっても、家に戻るのは一日二日。一週間は初めてだ。


「ねぇ、やっぱり教えてくれないの?」


「そうだなぁ……いや、もう少しだけ待ってくれるか?」


「もう少し?」


「ああ、もう少し、もう少しなんだ……」


父が思いつめた顔をする。僕にはその意味が理解できなかった。


「……わかった。約束だからね」


「ああ。……よし!今日は出前にするか!」


「出前でいいの?なら買い物行かないわよ?」


「大丈夫、翔は何食べたい?」


「んーピザとか?」


「お、いいな。それにするか」


「じゃあ家にあるもので簡単に付け合わせ作るわね。サラダとかでいいかしら?」


「さっすがお母さん!気が利くぅ~!」


「やめてよあなた……」



――――――――――――――――――――――――――――――



「進路?」


「うん、僕何すればいいんだろうって……」


「そう言われてもねぇ、何かやりたいこととかないの?」


「やりたいこと……はないかな」


「父さんな、別に無理してやりたいこと探さなくてもいいと思ってるんだ」


「どうして?」


「そうやってひねり出して見つけた選択肢が本当に正しいと思うか?父さんは思わん。自分の思いを見つけて、それに合った将来に進んでいくのが、幸せになる秘訣だと思うぞ?」


それに、と父は続ける。


「俺たち両親の願いは、お前が幸せに、楽しく生きてくれることだ。それ以上は何も望まねぇよ」


「……」


母がほほ笑む、本当に、僕の幸せを心から願ってくれているようで、少しうれしかった。


「まぁ、その結果ニートになろうが否定はしないから安心しろ!がははははは!!」


「やめてよ……私がそんなの許さないからね?」


「ははは……」


自分の思い、か……

楽しく過ごせればいいなんて漠然とした思いに合った将来はあるのか?


いや


僕の思いは、高校生の間に見つかるのか?

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