2章 幕間

解放

「ここだな」


 夕方、賢司が「用事がある」と遊園地を後にして訪れていたのは月見家だった。

目的はもちろん幽々奈を苦しみから解放すること。


あの時聞いた言葉、『あの子を助けたいんです』翔の言葉に嘘は感じられなかった。部活動の目的が能力の管理だから、という理由もあるだろうが、それだけではないだろう。

何が彼をそこまで突き動かすのか。だが、俺たちだけではわかりもしなかった真の能力、そして過去。

ここまでしてもらって部長である人間が何もしないというのはおかしな話だろう。


だから俺があとは何とかする。


ピンポーン


「はい……どなたですか」


「失礼します」


「あら、前も来てくださったあなたですか。娘なら今いませんけど」


「でしょうね、あなたの娘のつき……幽々奈君は今遊園地にいるんですから」


「はい?幽々奈なら図書館に行くって」


「彼女の境遇を考えたら、嘘をつくのが一番抜け出すには最適だったんでしょうね」


「……説明してもらえますか?」



「簡潔に言います。幽々奈君をもう縛りつけないでいただきたい」


空気が変わるのを感じた。血のつながっていない赤の他人からこんなことを言われてるのだ。当然だろう。


「何をおっしゃってるんですか?」


「教師としてのあなたが、彼女を勉強で縛り付け、そして壊した」


「誰からそんなこと聞いたんですか?」


「彼女が信頼を置いている人物からです」


「そんな人いるわけ……っ」


「いるんですよ。親のあなたではわかりもしなかったような一面を受け入れ、信頼され、相談を受けている人物が。『消えたい』って言葉、聞いたことありましたか?」


「そんなこと幽々奈が思うわけない!!」


「思っていたから言っているんだ!毎日勉強の日々、思い出も何もなく周りからは孤立」


「だって、それは幽々奈のために……」


「娘のためにというなら、一度か彼女の話を聞いたことがあったでしょうか?」


「それは……」


「ないでしょうね。だから今こうして嘘をつかれている。だから信頼されてないんですよ」


「信頼信頼って……あなたに何がわかる!娘のためにわざわざ生活を管理してあげているというのに!!」


「あげてる?……そのあなたの勝手な押し付けが彼女を苦しめていたことになぜ気づかない!!」


―――――嘘は通用しない。あなたは何がしたいんだ?


そこに”何か”が現れ母親を包み込む―――


「教師として私、いや、私たち両親ができるのは勉強を教えることです。小中高での友好関係なんてすぐに終わってしまう。だからこそ今は勉強を頑張ってもらい、良い大学に入り、幸せな人生を歩んでほしい。そう思ってました」


「娘の幸せを願っていたなら、勉強で束縛する必要はなかったのでは?」


「いえ、私は教師です。教師の娘とあろうものが万が一受験に失敗しようものなら……そう考えたときに、怖かったんです。自分の立場がなくなるのが」


「……あくまで自分を優先したということか」


「はい、娘が最高峰の大学に入り、大手に就職。そうすれば教師としての手腕を買われ私たちも幸せになれる。家族全員が幸せな選択なんですよ!?……だけど彼女は失敗した」


その言葉には怒り、失望、呆れ。様々な感情が入り乱れているように聞こえた。


「まさか高校受験ごときで失敗するなんて……」


「それが彼女を追い詰めた真相。というわけか」


「あなたの言葉が事実なら、そういうことになるでしょうね」


「はぁ……」


聞きたいことが聞けたところで”何か”は姿を消す。


「一つ言っておこう。あなたは教師である前に親だ」


「そんなことわかってます!」


「わかってないから言っているんだ。教師としての自分を優先した段階であなたは親失格だ」


「っ!?」


「本当にあなたが親なら、娘に寄り添って支えてあげるべきだった。くだらない束縛なんてもってのほかだ。娘はあなたのアクセサリーじゃない」


賢司はポケットに入っていた端末を手に取りだす。


「このボイスレコーダーにあなたの白状したことがすべて記録されている」


「!?いつの間に……」


「勉強で彼女を苦しめるのはもうやめろ。今後幽々奈君がまたこのことで落ち込んでいるようだったら、それはお前たち教師としての人生が終わる時だと思え」


そして彼は月見家を後にする。去り際に何か声が聞こえたような気がしたが、足を止めることはなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――


そして場所は異能研究会に移る。


「え!?部活に入りたい?」


「はい、この部活のおかげで私は救われました。今度は私も救う側として頑張りたいんです!」


なんと、彼女がこの部活を訪れることになるとは。これは想定外だった。


「こちらとしては歓迎するが……君はもう普通の生徒と言ってもいいだろう。やりたいことがあるなら、そちらを優先しても全然かまわないんだぞ?」


もう束縛から解放された身。友情、青春、もう勉強以外のことを楽しむべきだ。そう思っていたのだが……


「いえ、私が一番したいのは、天木先輩と一緒にいることですから」


「「「!?」」」


彼女の行動に一瞬戸惑ってしまう、が納得した。俺が帰った後、彼女にまだ残っていた苦しみを解放してくれたのだろう。月見君が天木君を好むのはなにもおかしいことではなかった。


よくやった。その一言だった。


「ふぅ~!熱々ですねぇ」


「天木さんが自分より先にリア充……許せないっすね」


「い、いや!これは違う!」


「あ、あまり変なことはするなよ……?」


「ぶ、部長まで……っ!」


「これからいっぱい思いで作りましょうね!先輩!」


「ご、語弊がすごいよぉ!?」


そうして、月見幽々奈が異能研究会の一員となった。


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