第13話 君を救うから

 次の日、部長は今日も休みらしい。

浩は昨日のことを忘れており、翔がいきなりいなくなったから仕方なく帰った、ということになっていた。


「まったく……探し回ったのにいなかったから心配したんだぞ?」


「あはは……ごめんね……」


「……なんかあったか?」


「え!?どうして?」


「なんかいつもより元気ないって感じたからさ」


昨日の幽々奈と話したこと。

――――私を助けてください

元気でいろ、というのは難しい話だった。


「大丈夫だよ、ありがとう」


「ならいいけど……無理はすんなよ?」


「うん。ほら、授業始まるから席戻らないと」


「ああ……」


渋々戻る浩。だがこれは僕が頼まれた願いなのだ。人に頼るわけにはいかない。

……といっても、どうすればいいのかなんて見当がつかない。

親に説得?どうやって?「娘を見捨てないでください」って?


無理に決まっている。そもそも赤の他人がそう簡単に、家庭に口出ししていいわけがない。

いったいどうすればいいのか。授業時間はそればかりを考えていた。



――――――――――――――――――――――――――――――


 放課後、浩は部活だからと先に教室を後にする。

さて、どうしようか。彼女は屋上にいるだろうか。

いや、合わせる顔がない。昨日の出来事の手前、どうやって話せばいいのかわからなかった。

……今日は帰ろう。まっすぐ家に向かうことにした。



「ただいま~」


「お帰り、今日は早いのね」


「まぁね……」


「……ちょっとおいで」


元気がないことを見透かされたのか、母に呼び止められる。


「どうしたの?」


「翔、昨日もそんな調子だったじゃない、どうしたの?」


「いや、別に……」


母に話していいのだろうか?幽々奈のことを。

話したところで何になる。解決できないなら口にするだけ無駄だ。


「話してごらん、一人で抱えるよりは誰かと共有したほうが楽になるのよ?」


「だって……」


「だってじゃないの。……覚えてる?お父さんの言葉」


――――抱えすぎた思いは身を亡ぼす


昔お父さんが僕に言ってくれた言葉だ。

ガーデニングが趣味である母は、よく庭に様々なものを飾っている。僕はそのうちの一つを壊してしまった。

ちょっと興味があったから触れようとしただけだ。僕は悪くない。外に置いてあったから僕のせいだってばれないはず……


父からもらった記念日のプレゼントだったと知ったのは数時間後のことだった。

家族がいる手前涙を見せないが、明らかに悲しんでいることは小学生から見ても明らかだった。だからこそより言いにくくなっていった。


一週間、母はいまだに悲しんでいる。もう嫌だ。これ以上悲しんでいる顔を見たくない。


「ごめんなさい」


その日の夜。両親の前で僕が壊してしまったこと。母が悲しんでいるから言い出しにくかったことを謝った。怒られる覚悟はしていた。だが、言われた言葉はありがとうだった。


「翔がケガしてなくてよかった」なんて。僕は思わず泣いてしまう。そんな時、父が言ってくれた。


「覚えとけ、抱えすぎた思いは身を亡ぼす。翔がこうやって話さないままだったら、いつまでも大事なことを人に言えずに隠し通す悪い大人になる。それってどうだ?ダメだろ?」


「……うん」


「ましてや俺たちは親だ。どんなことでも受け入れてやる。それが親の使命だからな」


「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」





「……何で悩んでるのかわかんないけど、そうやって抱えたままだと何もできないまま時が過ぎるだけなのよ?」


「……そうだね。じゃあちょっとだけ相談しようかな」


「はい、いま飲み物持ってくるわね」


そう言ってお母さんはキッチンへ向かう。持ってきてくれたのはアイスココアだった。


「はい。で、どうしたの?」


「うん、最近知り合った子なんだけどね、すごく落ち込んでるから、どうにか元気にしてあげたいんだけど……」


少し違うが大体あっている。今の母に求めるのは元気になるきっかけで十分だ。後は僕自身でどうにかする。


「もしかして……これ?」


母が小指を立てて見せてくる。その意味は分かっていた。


「い、いや!ただの後輩だよ!」


「ふーん、女なんだ」


「あっ!……もう」


「わかりやすいわねぇ。で、その子を元気にしてあげたいと……」


母は少しうーんと考えると、何かを思い出したようにリビングの棚をあさり始める。


「あったあった……これ、みんなで遊びに行きなさいよ」


見せてきたのは遊園地ご招待券。5名までとのこと。


「前にテレビでやってたやつなんだけどね。近くの遊園地だったから応募してみたのよ。そしたら当たっちゃって。家族で行こうにもお父さんはあれだし、みんなで行ってらっしゃい」


「い、いいの……?」


「もちろん、ほら、もうすぐ期限きれちゃうから。ね?」


「お母さんありがとう!」


これでひとまずは彼女を楽しませられる。翔はココアを飲み干すとすぐに自室へ向かった。券を机の上に置き、スマホにメッセージを打ち込む。メッセージ先は異能研究会。


『今週の日曜日、みんなで遊園地行きませんか?』


『いいっすね!急にどうしたんすか?』


『お母さんが招待券をくれたんです。みんなで遊びに行っておいでって』


『行くのは俺たちだけか』


『いえ、月見さんも誘おうと思っています』


『月見幽々奈のことか?』


『はい、詳しくは明日話しますけど……部長は体調大丈夫ですか?』


『ああ、無事熱も引いたから、明日から部活再開で問題ない』


『わかりました。それではまた明日』


『«٩(*´ ꒳ `*)۶»ワクワク』


部長もどうやら治ったらしい。彼女は明日屋上にいるだろうか?部活で事情を話し次第行ってみよう。そう決意した。



――――――――――――――――――――――――――――――



「ふむ、月見君の能力は『記憶から消える能力』だったと……よくそこまでわかったな」


「はい、どうやら僕、彼女と何回か会っていたようで……」


「そのたびに記憶から消えていたということか。まったく……厄介な能力だな」


「でもそのたびに彼女と仲良くなってくれたおかげで、情報がわかったんですよ?感謝しましょうよ」


「そうっすよ!遊園地にも行けるっすしね!」


「というわけで、今から彼女を誘ってこようと思います」


「ああ、よろしく頼む」


 部室を後にする。向かうのは屋上。そこにいるといいのだが……


歌声が聞こえる。聞いたことのある声。間違いない。


「―――――って、天木先輩ですか」


「うん。その……綺麗な声だね」


「ありがとうございます。歌、好きなんですよ。余計なことを考えなくていいから」


「……そっか」


「今日はどうしたんですか?」


「えっとね……」


と、誘おうとしたところで言葉をためらってしまう。

一緒に遊園地行かない?なんて言ったらまるでデートに誘ってるみたいじゃないか?

翔は女子をデートになんて誘ったことがない。まずい。恥ずかしい。


「えっと……あの……」


「?」


彼女が困っている。何も伝わってない。まずい。

ええい。気にしないでいけ!僕!


「ゆ、遊園地行かない?」


「遊園地、ですか?」


「お母さんから招待券貰ってみんなで行っておいでって言われたんだけどこれ五人まで大丈夫だから部活のみんなで行っても一人余るしせっかくだから月見さんには元気になってほしいし……だから……」


勢いで話してしまった。句読点がないほどに話してしまったから本当に恥ずかしい。


「そんなに慌てなくても……いいですよ、行きましょう」


「ほ、ほんと?」


「はい、むしろありがとうございます」


彼女が笑顔を見せる。それだけでもう誘ってよかったと思ってしまう。


「そ、それじゃあ、日曜日だからっ!また「待ってください」


「な、なに……?」


「連絡先、交換しましょうよ」


そう言って彼女はラインを開く。QRコードを見せてきたのでそれを読み込むと「幽々奈」というアカウントが表示された。


「何かあったらこれで連絡してくださいね」


「う、うん。ありがとう」


「それじゃ、明後日。楽しみましょうね」


「うん!またね」


そうして屋上を後にする。

何とか誘えてよかった。こうやって誘うのは初めてだったが、意外とどうにかなるらしい。



――――私を助けてください


決戦は日曜日。

「……僕が、君を救うから」

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