第12話 消えたい

 「今日は部活休み」と部長からのメッセージが。どうやら風邪をひいたらしい。

現状進展もないからあまり焦る必要はないので治療に専念したい。だから治るまでは部活は休みにするとのことだった。


「ってわけで久々に暇なんだ」


「おぉ、俺も今日休みだからさ、たまには一緒に帰ろうぜ」


ということで浩と帰ることになった。異能研究会に入ってからは、あまり放課後に一緒に行動することはなかったのでなんだかうれしい。


「まだまだ時間あるしさ、寄ってくだろ?」


「?……って、そうだね、行こう!」


浩がこういう時は大抵ゲームセンターなのだが……

読みは当たっていた。二人はゲームセンターに来ていた。そして早速クレーンゲームの元へ。


「はっ!これはゲームセンター限定『キャビアチップス』!?ゲットするしかねぇ!!」


浩は両替機へ向かい百円玉を大量に用意する。そうして再び先ほどの台に戻ってプレイし始める。

こんなことが前にもあったなと思いながら、取り残された翔はふらふらと店の中を歩く。

プリクラを撮っている女子高生がいると思えば、よくわからない音楽ゲームを必死にプレイする男性も。手の動き方を見てみるも全くわからない。


二階へ行くと飲食ブースとなっており、アイスが売っている自販機がある。そこで『クリームソーダアイス』を購入して近くの椅子へ座る。メダルゲームの音やゲームで一喜一憂する人たちの声、壁がないだけあって様々なものが見えてくるし聞こえてくる。そんなものを見ながらアイスをほおばる。


「何食べてるんですか?先輩」


「ぶふぉ!!」


唐突に話しかけられるものだからむせてしまう。しかも知らない声。先輩と呼んでいたか?


「ごほっ!ごほっ!」


「あっ、いきなり話しかけちゃってごめんなさい」


「い、いや……大丈夫……って、君は?」


「そんなことより、今日は帰るのが速いんですね。部活休みなんですか?」


「え!?何で知って「お!いたいた!」


そこに聞こえてくる浩の声、どうやらゲットできたらしい。だが、タイミングか悪かった。


「ようやくゲットでき……って、誰だ!?」


「あ、どうも」


「ま、まさか……翔……」


その続きは声にならず口をパクパクさせてる。きっと浩が考えていることは間違いだろう。


「い、いや!違う!」


「う、うわああああ!!」


叫んでそのままどこかへ行ってしまう。彼女はその様子を見ている。


その隣には”何か”もいた。そして見たまま――――


「nayapi-qa-sidelu」


何か声が聞こえる。能力が使われたのか?

……だが、何も起きる気配がない。


「っと……先にお友達帰っちゃいましたね、ごめんなさい」


「え!?あ、うん……」


急な出来事だから理解が追い付かない。

そのまま「せっかくなので外に出ましょう」と彼女のペースで散歩をすることになったのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――



場所は変わりここは公園、といってもベンチやブランコ、ジャングルジムだけがある小さな公園だ。そのままベンチに腰を下ろすと「ちょっと待っててください」といなくなってしまう。


「はいっ、お待たせしました」


「ひえっ!!?」


首に何か冷たいものが当たる。と、差し出してきたのはサイダーだった。


「先輩何が好きかわからなかったので……『シュワっと!』で大丈夫でしたか?」


「あぁ、うん……大丈夫……」


「よかった、というわけで昨日のお礼です」


なんて言いながら彼女は隣へ座る。が、お礼と言われてもまったく心当たりがない。そして距離が近い。


「お礼って、何もしてないよ?」


「気にしないでください、こういうものは貰っておけばいいんですよ」


「そういうものかな……」


「そういうものです。はい、乾杯」


「乾杯」と二人は缶を開ける。シュワっとする音が気持ちいい。そして距離が近い。


「でさ、なんで僕のこと知ってるの?」


「え~っと、私が月見幽々奈だからっていえばわかりますか?」


「月……え!?」


「はい、『記憶を消す能力』でしたっけ?」


「な、なんでそこまで……」


「昨日会ってるからですよ。覚えてませんか?……って、覚えてるわけないか」


「あ、えっと……」


動揺で言葉が出ない。何を言いたかったのかも忘れてしまった。


「じゃあ私から聞きますね、なんで私を探してたんですか?」


「そ、それは部活の一環で……」


「それで、どうしたいんですか?」


あまり能力を使わないでほしい、と言いそうになったところで言葉が詰まる。

この言葉が本当に正しいのか?よく考えろ、思い出せ……


―――――過去に嘘でだまされた部長が得た能力は『嘘がわかる能力』、ライ君の時を思い出してください。速さを期待されたあまり得た能力は『神速』


―――――能力は過去の出来事にちなんだものになる



「君を助けたい」


「え?」


「僕が君を助ける。だから……悩みがあったら話してほしい……んだけど」


だんだんと恥ずかしくなって声が小さくなる。がその言葉はしっかりと幽々奈の耳に届いていた。ちょっとだけ顔が赤く色づく。


「へー……そうなんですか……ふーん……」


「あっ、ごめっ……」


「大丈夫です」


「……」


「……」


「……ありがとうございます」


「えっ?」


「悩み、聞いてくれますか?」


「うん」


「―――消えたいんです。私」



――――――――――――――――――――――――――――――



父母ともに先生であった娘は幼い時から勉強を叩き込まれる。その甲斐あって『努力の天才』なんて小学校ではちやほやされ、中学校でもそれは変わらなかった。


親からの勧めで目指すのは東京大学、トップレベルに難しい大学だった。となると目指すのは偏差値の高い高校になる。幽々奈は家からでも通えるハイレベルの高校を目指した。


もともとあまり人と遊ぶほうではないので、放課後の勉強時間については問題がなかった。後はもう少し勉強量を増やせばいいだけ。


授業を受ける。終わる。間の時間で単語を頭に入れる。授業を受ける。終わる。間の時間で単語を頭に入れる。授業を受ける。終わる。間の時間で単語を頭に入れる。授業を受ける。終わる。間の時間で単語を頭に入れる。授業を受ける。終わる。間の時間で単語を頭に入れる。


最初は良かった。学校ではいい点数を取ると周りがもてはやしてくれる。勉強をきっかけに様々な人物が集まり、勉強会なんて開いたり。


だが彼女はそれ以外を知らない。出かけるって?遊ぶって?


楽しいって何?


……気が付くと誰とも話さなくなっていた。問題ない。これで勉強に集中できる。


周りからの声が聞こえる。うざい、ムカつく、頭いいからって偉そう。


気にしない。勉強を続ける。親からの期待に応えるため。


勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強



勉強、勉強、勉強、勉強、勉強



勉強、勉強、勉強


頑張った、はずなのに


それは、今までの人生を否定するようで


それは、私が唯一持っているかけらを奪うようで。



そこに番号はなかった。


家に帰る。正直怒られることは覚悟していた。が、それすらも少女は与えられない。


呆れ、ため息、失望





そして娘は見放された。

――――――――――――――――――――――――――――――


「友達と遊ぶってことがなかったので楽しかった思い出はありません。特技もありません。頼みの綱だった勉強もなくなりました」



―――――何もないんです。



「そこからです。死にたいって思うようになったのは。だけど何を考えても誰かに迷惑が掛かってしまう。そして、死にたいって考えはいつからか消えたいに変わりました」


「……」


「親に迷惑をかけた事実をなくしたい。友達と呼べる人がいなかったあの頃の私をなくしたい。何もない私をなくしたい」


―――――みんなから私が消えればいいのに


幽々奈の能力、それは「記憶を消す能力」ではなく「記憶から消える能力」だった。

過去の失敗から生まれた消えたいという思い、それが彼女の能力を生み出していた。


「……って、悩みにしては重すぎましたよね……」


「……ごめん」


気が付くと涙が流れていた。


「先輩が謝る必要はないですよ」


この話をした後なのに彼女はそういって翔を慰める。

能力が過去の出来事にちなんだものになるとわかっていたなら何かしら推測できたはずなのに。


「……今回のことは覚えていてください。そして」


――――私を助けてください


気が付くと彼女はそこにいなかった。

一人、涙をすする音だけが公園に響いていた。

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