第10話 裏切りの過去

「消えた一年生の名前がわかった」


 そう話すのは賢司。それは二日後のことだった。二日間の間に職員室を訪れ、今年度入学した生徒名簿を見せてもらったらしい。最初は普通に怪しまれたものの、「化け物が絡んでいるかもしれない」と説明すると見せてくれたとのこと。何が起こるらわからない生活を送るよりは、プライバシー問題を黙認してでも誰かが解決したほうがいい。そう判断した上だった。

「活動内容を報告する」その約束の元、賢司は名簿を貸してもらった。


「昼休みに一年生の教室に行き、名前などを確認させてもらった。そうしたら、一人だけ誰にもわからない名前があった」


「しらみつぶしっすか、大変だったっすね」


「大丈夫だ。名簿を見せて最近いなくなった生徒を教えてもらった」


「結果はどうだったんですか?」


「ああ、俺は1-C、月見幽々奈が消えたのではと思ってる」


「月見幽々奈……」


初めて聞いた名前だった。この子が失踪した人物なのだろうか。


「妙なのは、その子は消えたのではなく『忘れられたのではないか』ということだ」


「忘れられた?どういうことっすか?」


「ああ、名簿を見せたとき、彼女を指さしてこの名前は知らない、そう言われたんだ」


「そんな、知らない子が入学するわけないのに……」


「ああ、だがこれで説明がつくんだ。どうして一年生の数が減ったのに誰も疑問を抱かないのか」


「記憶を消す……?」


「俺もそれを疑ってる」


「やっかいですね……そんなのどうやって探せっていうんですか?」


「何のために名簿を借りたと思ってる、ここを見ろ」


名簿には名前、クラス、住所など、個人情報が多く書かれていた。


「こ、これは……なんか悪いことしてる気分っすね」


「実際悪いことだ。だからこそ俺たちは絶対この情報を無駄にしてはいけない」


「ですね、これからどうするんですか?」


「俺と桐川君で月見君の家へと向かう。万が一学校に残っている場合があった時のために二人は待機していてくれ」


「了解」「了解です」


「というわけで、行くぞ、桐川君」


「え~?めんどくさいっす……」


「そんなこと言うな、君を選んだのはその親しみやすさに信頼してるからだ」


「そ、そう言われたら?行くしかないっすけどぉ?」


そして賢司と上機嫌な享が部室を後にする。二人はお留守番だ。


「さて、連絡くるまで暇ですねぇ」


「で、ですね……」


「え?もしかして緊張してます?」


「い、いや、そんなこと……」


あった。女子と二人きりになることがそうそうないので、翔は嶺のことを意識せざるを得なかった。


「あら……かわいいですね」


恥ずかしくなって翔は顔を伏せる。だがそれをしたからのぞき込んできた。


「う、うわぁぁぁ!」


「なるほど、天木君はいじりがいがありますね」


「や、やめてくださいよ……」


このまま続けるとまた何をされるかわからない。無理やり話題を変える。


「つ、月見さんのことなんですけど、なんで記憶を消す能力なんでしょうね」


「うーん、なんででしょうね」


「なんて、わかるわけないですよね……」


そう言いながら彼女に目をやると、嶺の顔つきが妙に険しくなっていた。


「……ちょっと昔話をしてもいいですか」


「は、はい」


「私と部長が幼馴染って話は前しましたよね」


「はい、家も隣通しって」


「はい、そのおかげで小中と同じ学校に通い続けてきました」


「仲が良くて羨ましいですよね」


「……」


「……?」


沈黙が流れる。


「……いじめられてたんです」


「い、いじめ……?」


「いじめられたっていうか裏切られたんですけどね。中学の時、部長には親友とも呼べる子がいたんです。いつも一緒で。私の入る余地がないくらい」


嫉妬、だろうか。


「ずっと仲良くしてきたのに、だんだんと疎遠になって、話さなくなって、私のことを見てくれなくなって……」


「……」


「話がそれちゃいましたね。ある時のことでした。学校の中でも有名な不良に二人が絡まれて、それはもう大変です。『必ず戻ってくる』ってあの子は走っていったんです。先生を呼びにいってくれた。そう信じてたんです」


「まさか……」


「はい、来ませんでした。友情よりも身の安全をとったんです」


親友を信じて一人待つ賢司。裏切られたときの思いは簡単には表せない。


「後日、部長はもちろんその子に詰め寄ります。『なんでいなくなったのか』」


だんだんとその声は涙声へと変わる。


「その子はその不良のグループにいました。『話しかけんな』なんて言って部長を突き放したんです。そこからは……」


「大変……なんですね……」


「大変なんて、そんな言葉じゃ言い表せませんよ……っ!」


「っ……」


「……そこからは、私が部長を支えてきました。こうして今に至るってわけです」


「……」


「ははは、暗い雰囲気になっちゃいましたね。ごめんなさい」


「い、いや、大丈夫です!」


なんて繕ってみるものの、あの話を聞かされた手前元気でいるほうが難しい。


「さぁ、ここで問題です。実は部長にも能力があります!なんでしょう」


「えっ?」


ここで明らかになる新事実。もちろん心当たりは一切ない。


「わ、わかりません……」


「ぶっぶ~、実は陶山君の件の時、能力使ってるんですよ?」


「え!?」


その時思い出す彼の言葉

――――嘘はすぐにばれるんだから


「部長は、相手の嘘がわかるんです」


「す、すごい……!」


「さて天木君、なんか気づきませんか?」


「なんのことですか?」


「過去に嘘でだまされた部長が得た能力は『嘘がわかる能力』、ライ君の時を思い出してください。速さを期待されたあまり得た能力は『神速』」


翔は数秒考え答えを導き出した。


「能力は過去の出来事にちなんだものになる……?」


「ですね、私もそう読んでいます」


「ってことは、月見さんが『記憶を消す能力』なのは……」


「はい、なにかあるはずですね」


だとしたらそれを解決してあげれば一件落着だ。だが相手の記憶を消してしまいたいとは何があったのだろうか?

……考えるも何も思いつかない、本人から聞くのが一番なのだろう。


「っと、部長から連絡です。『月見君はまだ学校にいるらしい。頑張って探してみてくれ』だそうです」


ここで思いもよらない形で聞く機会ができた。これは彼女の居場所を突き止めるしかない。


「ようやく活動開始ですね」


「はい、次は私たちで頑張りましょうね」

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