第9話 忘却
「そういえば。名前、教えてください」
「あ、僕は天木翔。二年生だよ」
「二年生なんですね。じゃあ先輩ってつけないとですね」
「先輩……ってことは一年生?」
「そうですよ、天木先輩」
「あはは……なんか恥ずかしいね」
最近まで部活に所属していなかったこともあり、先輩呼びをされるのは新鮮で、なんだかちょっと恥ずかしい。
「それよりも、部活に入ってないのにこの時間まで学校にいるのも意外だよね」
「はい、家よりも屋上のほうが落ち着きますから」
そう言うと立ち上がり、フェンスのほうまで歩みを進める。ここから見える街並みが夕日と相極まってとても綺麗だ。
「私、ここから見る景色が好きなんです。夕日もはっきり見えるし、最高のスポットなんですよ」
「そうだね、こんな場所あったなんて……」
「入学してからいつもここにいるんですけど、こうやって屋上に来たのは天木先輩が初めてです」
「そ、そうなんだ……」
「だからこの景色は二人占めなんですよ?」
「あ、うん……」
嶺と似た話し方をするものだから少し戸惑ってしまう。この子の場合は無自覚で話しているようにも思えた。翔は話題を変える。
「そ、そういえば、入学してからここにいるっていうけど、よくこんな場所見つけたね」
「はい、探検するの好きですから。それに……」
だんだんと声が小さくなる。
「一人になれる場所が欲しかったんです」
「そっか……」
「……」
「ま、まぁ、ここだったら誰も来なさそうだからね!うん!」
沈黙が少し怖くなった翔は無理やりフォローのようなものをする。が、効果はあまりなさそうだ。
「理由、聞かないんですか?」
「え!?」
「結構意味深なこと言ったと思うんですけど」
「あー……僕なんかが聞いても力になれるかわかんないし……」
「……」
「そ、それに!楽しそうだったから!」
「楽し……そう?」
「屋上に来たときさ、歌ってたでしょ?すごくきれいでずっと聞いてたいと思ったんだ。多分この場所が心地いいんだろうなって」
「……はい」
「だから、ここで君の話を聞いて、この場所を君にとって嫌な場所にしたくないと思ったんだ……けど……」
言い切ったところで翔は恐る恐る幽々奈のほうを見る。その顔はまんざらでもなさそうだった。
「……幽々奈って呼んでください」
「……え?」
「君って言ってばかりでしたから」
「あっ、ごめん……幽々奈……さん」
「幽々奈」
「ゆ、幽々奈」
そして彼女は笑顔を見せた。
「ありがとうございます、天木先輩。ちょっと気が楽になりました」
「そ、そう?ならよかったけど……」
と、そこで翔は長時間部活を離れてることに気づいた。
「あっ!僕そろそろ戻らなきゃ!」
「ま、待ってください」
「えっ、ど、どうしたの」
「あの……またここに来てくれますか?」
「もちろん!仲良くしてくれるとうれしいな……なんて……」
「……はいっ!」
「またね」と翔は屋上を後にする。だが―――
手を振る幽々奈の後ろにいた”何か”には気づいていなかった。
と、そこでもともとトイレに行くために席を外したことを思い出す。
「は、早くいかなきゃ……漏れる……っ!」
――――――――――――――――――――――――――――――
「た、ただいま戻りました……」
「おっ、遅かったっすね」
「何かあったのか?場所がわからなかったわけではないだろう」
「はい、えっと……」
ここで翔は彼女と話をしていたことを話そうとする、が出てこない。
彼女って誰だ?僕はトイレに行こうとしただけだ。だが、屋上に行ったことははっきりと覚えてる。いや、屋上に行く理由はあっただろうか?本当は行ってないのか?
あれ―――――
僕は何をしていたんだ?
「確か……トイレに行って……帰ってきました」
「嘘をついてる様子はない、か」
「そうやってすぐ疑っちゃだめですよ?もしかしたら大きいのかもしれませんから」
「仮にも女性がそういうこと言っちゃだめだと思うっすよ……」
「は、ははは……」
なにかすごく大事なことを忘れてしまったような気がする。だが、思い出せないなら仕方ない。部活の時は進み下校時間となった。
「お疲れ様です」
「また明日っす~!」
「ああ、お疲れ様」
校門であいさつを済ませ皆は帰り道を進む。翔は部活での出来事が気がかりだった。
なぜ思い出せない?なぜ屋上という単語が頭に残ってる?
ふと屋上を見上げると、誰かがそこに立っていた。こちらに向かって手を振っている。いったいなぜ?
「あんなところに僕の友達なんていたっけな……?」
無視をするのもなんか嫌で振り返す。そして翔は駅へと向かう。その歩く後姿を誰かはずっと見ていた。
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