第7話 加入
「……なんで来た」
「いきなり敵意むき出しですね、怖い怖い」
「まあ、天木君に向けてだろうな」
「す、すみません……」
嶺の連絡によってライの居場所が分かった二人は河川敷に移動していた。彼女はその後も尾行を続けていてくれたおかげで見失うことはなかった。そして指定された場所に移動すると、ちょうど帰ろうとしていたのか目線が合ってしまったのだった。
「もう話すことはないはずだけど?」
「待ってよ!部活やめるって……なんで……」
「どうせ顧問から聞いたんだろう?もう僕はあの場所にはいられないんだ」
「やめる必要はないよ!話し合えばわかるはずだって……っ!」
「無理なんだよ!誰もわかりっこないさ……」
ライの顔が曇る。
「まぁ、そろそろ辞め時かなって思ってたし、ちょうどいいんだけどね」
その発言の後、空気が少し重くなる。翔はこの感覚を知っていた。
そう、”何か”に遭遇した時と同じような―――
「ふむ、嘘は良くないね。陶山君」
「――――――」
「―――dupo-qa-qajleu」
「――――嘘はすぐにばれるんだから」
それは賢司の近くにいた。不可思議な言葉を発した後”何かは”ライの元へ移動する。
そして、黒い幕がライを包み込み―――
「ほんとは嫌さ……」
「っ!」
「ほんとは嫌なんだよ!部活をやめるのも、部員とけんかするのも!だけど怖いんだよ!」
先ほどまでの態度とは打って変わって涙目になりながら訴えるライ。その発言に嘘は感じられなかった。
「一年生の時から『期待の神速』なんて言われたらさ、やるしかないじゃん……みんなの期待を裏切っちゃダメなんだよ……っ!そしたら、二年生になってから全部おかしくなった、俺じゃなくなったんだよ……っ!」
「それって……」
「ああそうだよ!あの化け物さ。あいつが現れた後から全部おかしくなった。走るとき、化け物は俺に何かささやくんだ。その後まるで自分じゃないみたいに体が軽くなるんだ。走れば走るほど速くなって、まるで何かの能力だよ。なのにみんなはそれを才能だと囃し立てる。自分の実力じゃないのにさ」
ライはどうやら”何か”によって能力を得られたことを認識しているようだった。そこに喜びの感情はない。
「仮初の才能なんていらないから努力したよ。俺自身でより速くなるように。努力したんだよ……っ。だけどダメなんだ……っ!走れば走るほど、化け物に『お前に才能はない』って言われてるみたいでさ。まるで速くならないんだ……」
「そんな……」
「何回も何回も何回も何回も!ダメなんだよ……っ!そしたらさ、思ったんだよ。この能力がなくなったらどうなるんだろうって」
”何か”の消失。それは能力が消える時と同義といっても過言ではないだろう。能力を実力だと誤認している部員たちは、能力が消えた後のライを見たとき、いい反応を示さないことは容易に想像がついた。
「怖いんだよ。自分じゃない自分とその後の自分を比べられるのが。そう考えたら、部活なんてやめたほうがいいのかなって思ったわけさ……」
すべて話し切ったのか、ライが落ち着くと彼を覆っていた黒い幕のようなものはすっと消えていった。”何か”の姿もなくなっていた。
「あ、あの……ライ君……」
「……なんだよ」
隠してきた思いを爆発させた手前変なことは言えない。彼はすっかり口を閉じてしまった。
「部活、戻ろうよ。今言ったことをみんなにも話したらわかってくれるって」
「話そうとしたけどダメだったさ。部長に根回しされてたんだよ」
「部長!?」
「露部か……」
部長である露部登麻、彼が部活崩壊の元凶だと彼は話す。
「俺が一年生の頃、部長は部活の中では一番速かったらしいんだ。そのおかげで次期部長なんて言われたりしてたらしいね。だけど僕が入部してから部長のタイムを抜いたんだ。まぁいい思いはされないだろうね。なんだかんだで二年生になって、化け物が現れた」
「――――さすが期待の神速って呼ばれていただけのことはあるよね。それが化け物のおかげってことか。実にうらやましいよ」この言葉に何か深みがあるように感じてはいた。まさか”何か”を認識してた上での発言だったとは。
「僕が化け物の能力に気づいたとき、部長ももちろん気づいてたらしい。そこから態度がおかしくなった。異様に僕を持ち上げることが多くなった」
――――――――――――――――――――――――――――――
『いや~~~、最近のライはすごいねぇ!毎日部活に来てるだけなのにタイムが速くなって、これは夏大会も期待できるね?あっはっはっはっは!』
『先生、ライが何か不正をしているように見えますか?否!彼こそ陸上界隈に革命をもたらす天才児!』
――――――――――――――――――――――――――――――
「部長が言うなら間違いないってさ、周りの部員も次第に僕を持ち上げて。そしてこのざまだよ。多分邪魔だったんだろうね。自分より優秀な後輩という存在が」
「そんな……今からでも話そうよ!先生に言えばわかってくれるよ!」
「無理さ、いくら僕が優秀といえど相手は部長。どちらの話を聞き入れてくれるかなんてわかりきった話だよ」
「それはどうですかね?」
ここで先ほどまで口を開いていなかった嶺が話す。「これを見てください」と取り出したのはスマホだった。画面には『桐川君』と通話の画面が。
「陶山さん、いろいろ話してくれてありがとうございました。その真実も思いも、全部みんなに届いたっすよ」
「陶山!!聞こえるか!!」
「せ、先生!?」
通話の向こうからは陸上部の顧問や部員たちの声が聞こえてきた。
「一体どうして……」
「何か行動するときに全員で同じ行動をしても無駄だ。一人は自由に動ける人物を用意しとかなければな」
「言ったのは私ですけどね」
その信頼が陸上部とライを結び付けたのだった。
「陶山!お前が化け物の力で変なことになっていたのはわかった!だがそれを責める奴はここに一人もいない!戻ってこい!」
「ライのあの弱弱しい声初めて聴いたよな、ギャップ萌え?」
「それな、最近むかつくと思ってたけど俺が悪かったよ。だからまた一緒に部活頑張ろうぜ!」
「みんな……」
「さぁ、戻ろうよ。みんなのところへさ」
「当り前さ!」
――――――――――――――――――――――――――――――
その後は、というものの、この事実を知った顧問が部長に追及。部員にも責められ立場がなくなった彼は本音を白状する。「部長である自分より優秀なのが許せなかった」とのこと。
そんなくだらない理由で廃部寸前まで追い込んだ部長はもちろん退部。ライを部長とする新生陸上部が始まろうとしていた。
そして一週間が経った。翔は異能研究会を訪れていた。
「……というわけで、あれから陶山さんの能力が学校内で暴走する様子はなしっと。一件落着っすね!」
「ああ、天木君のおかげだ。協力、感謝する」
賢司が深々と頭を下げる。
「いえいえ、異能研究会のみなさんのおかげだと思います。享君がいなかったら陸上部には伝わらなかったわけですし」
「あーーーー!俺の優秀さが伝わったわけですねっていててててて!」
「桐川君は謙虚を覚えたほうがいいですね~」
以前見たようなふまれ方をしている享。触れないことにした。
今日翔が異能研究会に訪れたのは、ライの様子を聞くためだけではなかった
「あの……お願いがあるんですけど」
「どうした。言ってみろ」
「僕をこの部活に入れてくださいっ!」
翔が深々と頭を下げる。そこに聞こえてくるのは三人の笑い声。
「そんな、頭なんて下げないでくださいよ」
「そうっすよ。むしろこっちからスカウトしに行こうとしたんすからね?」
「……え?」
「ああ、天木君の陶山君を助けたいという思いがなければこの結末はなかっただろう。部活としても人数が多いほうが助かる」
「そ、それじゃあ……」
「これからよろしく頼む!」
「は、はいっ!!」
天木翔は異能研究会に入部した。
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