第5話 接触

 ライと出会ってから約2週間が過ぎた。その間、特に何も起こらなかった。いや、起こらなかったというより起こせなかったというのが正解だろうか。

「―――――二度と顔を見せるな!!」この言葉以降彼に会うことはなく、陸上部の部室や河川敷を見に行くも姿を見せることはなかった。浩いわく、「俺の邪魔されないなら何でもいい」とあまり気にしていない様子だったが、翔はそうではなかった。

ライがいなくなる直前に放った浩の言葉、そのせいで表情が変わり怒りをあらわにした。もしや、部活の件で何かあったのだろうか?だがそれを調べようにも当事者がいなければ話にならない。ほかの運動部員に聞いてみるも、人間関係で何かがあったとしか知らないようだった。陸上部員に話を聞こうにも、部室がひどい有様じゃ来ることはないだろう。問題を解決するには前途多難すぎるのだ。

彼との第一印象は最悪だし友達でもない。だが、何とかしてあげたい。そんなことを翔は考えていた。


「……というわけで、部活動に入ってない奴は何かしら入ったほうがいいからな~。今後の進路に大きくかかわってくるからな」


今はHRの時間、担任が部活動加入を進めてきていた。だが翔は運動が得意なほうでなければ芸術的趣味を持っているわけでもない。その他興味がわかないという理由で部活には入る気がなかったのだ。だが、二年生にもなって部活に入ってないとデメリットしかないといわんばかりの話をされるとは思ってもいなかった。


「見学はいつでもできるから、気になったとこあったら今週中にでも見学しろよ~」


今日は金曜日、実質今日中に決めろと言っているようなものだった。適当に見えてこの担任、恐ろしい。


というわけでHRが終わり放課後、浩は部活に行くからといなくなってしまい現在一人。まっすぐ帰ろうと思っても先生からああいわれた手前帰るわけにもいかない。暇つぶしにでもなればいいやと、翔は学校探索をするのだった。



三階に上ると楽器のきれいな音色があちこちから聞こえてくる。きっと吹奏楽部だろう。少し見ていくことにした。


「……あ、今ワンテンポずれたね」


「ごめーんちょっと遅くなった、一回メトロ聞いてリズム入れるわ」


「おっけー、その間譜読みして動き確認ね」


何言ってるか正直わかんなかった。リコーダーを太くしたようなものは何というのだろうか。それから奏でられる音色はきれいだが、ちらっと見えたあの手の動きをやれと言われたら絶対無理だろう。次だ次。


というわけで別の部活にやってきたのだが……


「ちょwwwww刹那氏は相変わらずの腕前でいらっしゃるwwwもしや拙者に隠れ夜な夜な特訓をしているのでは???」


「オウフwwwww我は天性のスマガルプレイヤーな故そのような無粋なことはしないてござるよwww」


「そんなのチート過ぎて草wwwwwwぜひ拙者にキャラコン教えていただきたくwwwwww」


「草に草をはやすな(戒め)」


何部かすらもわからなかった。翔にはまだ早い世界だったのだろう。気づかれる前にいなくなることにした。



――――――――――――――――――――――――――――――




 この調子で様々な部活を見るもピンとくるものはなかった。時刻はもう17時だ。普段ならもう家についているころだろうか。この時間まで学校に残っているのは久々だった。


「今から駅向かってもな……電車来るまでもう少し時間あるし……」


翔はあと少しだけ、ともう少し学校に残ることにした。


「……イ君の件だが……」


「はい、彼…………とから『神速』と呼ばれて……」


すれ違いざまに聞こえてくる会話、「神速」というのはおそらくライのことだろう。会話をしていた男女は涼しげな顔で歩いており運動をしていそうには思えない。一体どのような関係があるのだろうか。二人のことを見ているうちに目を離せなくなった翔は、二人の後をこっそりつけることにした。


ばれてはいけない。なんとなくそう思った翔は数メートル離れた場所から二人をつける。階層は一、二と進み三階へ。廊下をまっすぐ歩き突き当りを右へ、そのまままっすぐ歩く途中の曲がりを左へ……


蛍光灯はついておらず窓もない。そんないかにも使われてそうにない場所に二人は入っていった。名前は「異能研究会」部活名が書かれた札はまだ汚れておらず、むしろ新品のように思える。最近の出来事から名前に心当たりがありすぎるのでそういうことなのだろう。今まで見てきた部活の中では一番心惹かれるものだった。

「見学はいつでもできるから―――」担任の言葉を思い出し、翔は恐る恐る異能研究会の扉を開ける……


「あ、あのー……」


「ん?新藤さん、なんか知らん人来てるけどいいんすか?」


「構わない。君、名前は」


「あ、えっと、天木翔です」


「天木君か。ようこそ、異能研究会へ。私は三年の新藤 賢司しんどう さとし、どうしてここがわかった?」


「つけてきてたんですよ。部長なのに気づかなかったんですか?」


「佐枝君……どうせ君が変なことをしたとかそういうことだろう……」


「ええ、ちょっと私に『注目』してもらったまでです。なんか私に興味がありそうだったので」


そういってこちらにウインクをしてくる彼女。整った美貌と黒くストレートに伸びた髪型から放たれる破壊力に翔は思わず顔をそむける。名前は佐枝 嶺さえぐさ れいというらしい。部長である賢司と同じ三年生で、秘書もどきをしているそうだ。


「後輩をからかうのはやめないか。君は異能で遊びすぎなんだよ……」


「みんなが私を見てくれるってこんなにうれしいことはないんですよ?別に害があるわけじゃないですし」


「はぁ……本当の君を知ったら幻滅されるだろうな」


「何か言いましたか~?部長さん?」


目の前で繰り広げられる光景をいつもの出来事だといわんばかりに気にしていない少年。彼は一年生の桐川 享きりかわ とおる。彼は翔に話しかけてくる。


「あの二人、いつもあの調子なんすよ。インテリ眼鏡の新藤さんと、クールビューティーと思いきやちょっと小悪魔、かわいらしい雰囲気の佐枝さん。こうやって毎日毎日いちゃつかれると……ねぇ……」


「いちゃついてなどいない!」


「ひ~、こわっ」


そういいながら翔を盾にする享。どうやら人との距離の詰め方が上手いタイプなのかもしれない。


「……話がそれたな。天木君、いったいここに何しに来た?」


「あっ、一階ですれ違ったときに『神速』って単語が聞こえて、ライ君の話をしてるのかも思って……」


「ほう、知り合いか。それで?」


「それで、もしよければ話を聞かせてもらえたらと思って……」


「ふむ……といっても、話せることと言えば彼の能力についてくらいしか……」


「それが『神速』ですか?」


「ああ、人の目には見えない速さでの移動。あれは人間には到底できるものではない。そこで私が怪しいと思ってるのが」


「始業式に出た化け物、ですよね」


「……そうだ。それが現れてからおかしいことが多数起こるようになった。それこそ陶山君や……佐枝君もそうだが」


嶺に目を向けると、返事の代わりなのか手を振って対応してきた。その微笑みに照れた翔はそっぽを向く


「続けるぞ?化け物が現れてからというもの、一部の生徒に、人間には到底不可能な所業を行うものをするものが現れた。私たちはそれを異能と呼んでいる」


「異能……」


「このままでは平穏な学生生活とは程遠いものとなり悪影響を及ぼしかねない。そうなる前に対処してしまおうというのがこの部活『異能研究会』だ。話がそれてしまったな。申し訳ない」


「いえいえ、ちなみに対処の方法ってもうあったりするんですか?」


「具体的には決めていないが、基本的にこの部活で対象を監視、場合によっては拘束……など考えているが、どれも効果としては薄いだろう」


「そこで重要なのが私、というわけです」


鼻高々と話す様子の後ろにうっすらと”何か”が現れたのを翔は見逃さなかった。そしてそれは何かをつぶやく


「―――nawapi-no-biye」


「――――私に注目!」


彼女のその言葉とともに翔は思わず嶺を見てしまう。視点を動かせない、彼女から目を離せない。視界はそのままぐるぐると回り、目が回って気持ち悪くなったところで視点の固定は収まった。


「……ってね。私がどこに行こうとも、近くにいる人は私を見ちゃうんです。人気者はつらいですね」


「桐川君……天木君をソファへ」


「了解っす」と享は翔の肩を持ち上げて近くにあったソファへつれていく。気持ち悪さが収まるのを待っていてくれたのか、視界が賢司のほうへ向いたところで再び口を開く。


「……厄介な異能だろう。だがこれが強力なことは確かだ。うまく使えば異能を持つ生徒を無力化できる。これによって私たちは異能が暴走する前に鎮め、監視・管理を行おうというわけだ」


「す、すごいですね……」


「だが監視をしようにも居所がわからなければ行動しようがない。君が陶山君の知り合いならぜひ協力をお願いしたいのだが……」



「――――お前の!その!偉そうな!態度が!部活を!めちゃくちゃに!したんだ!!」


「―――――お前に何がわかるんだ!!!」


あのライの態度。あれを助けられるなら―――――


「僕も、ライ君を助けたいので、よろしくお願いします」


「協力、感謝する」


賢司が深々と頭を下げる。それを見て動揺してしまった翔も頭を下げる。先輩にだけ頭を下げさせるわけにはいかない。


「そして、助けたい。というのはいったい……」


「はい……多分彼は部活動、陸上部に何か問題を抱えています」

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