第4話 地雷

「さぁ浩!準備はいいかなぁ?」


「やけに元気だなお前……」


 放課後、待ちに待ったこの時間。翔は”何か”について調べようと約束したこの時間が来ることを今か今かと心待ちにしていたのだ。


「さぁ!目指すは化け物の地!」


「それもそうだが!あいつのことも忘れんなよ?」


あいつ―――チャーシュー丼を独り占めした金髪の男のことだ。彼とは昼休みに学食で出会い、そして消えていった。それも、人間には到底不可能な速さで。

そんな彼を探すため、もとい”何か”を探すため、二人は放課後にいろいろな人から話を聞くことにした。


――――――――――――――――――――――――――――――


 場所は変わりここは2-Dクラス。まずは同学年から、ということで教室に残っている人がいないか戻ってきた。同じクラスの人なら話しやすいだろうということで2-Aを訪れたが残っている人はいない。そして、最後のクラスでようやく見つけた。というわけだ。


「……ってことで知らないかな?金髪のすっげぇむかつくチャーシュー野郎」


「浩、伝わった特徴が金髪しかないよ……」


「チャーシュー……は全くわかんないけど……金髪の男って言ったらあの子くらいしかいなくない?」


「あー、ライ君のこと?」


「らいくん?」


「そう、陶山すやまライ君、2-Cで陸上部の子なんだけどめちゃくちゃ足が速くて将来有望なんだって。運動部の中では結構話題の子なんだよ?」


「だってさ、浩知ってた?」


「いや、知らない……俺ボラ部だから」


「えっ!?浩ボランティアしてたの!?」


ここにきて初めての情報、翔が部活に所属してないこともあり部活に関する話はしたことがなかったが、まさかボランティアをしていたとは。そんな奉仕精神があったなんて、なんてことは言わないことにした。


「私、個人的にあの目が好きなのよね……、あの『誰も寄せ付けねえぜ!キラッ!』って感じのぉ……」


「あ、またいつもの妄想タイムが始まったなぁ~?」


「このこの~」といきなりいじり始める女子、「やめてよ~」ともう一人の女子。それはまさしくなれ合いそのものだ。もはやこっちのことなど気にしていないようだった。


「なんか、すごいね……」


「……とりあえず行くか」


名前と部活の情報が得られたら十分だろう。そう判断した二人は教室を後にする。向かう先はもちろん部室棟だ。廊下を歩くすがら、二人は話を続ける。


「ライ君、だっけ。もしそうならなかなかすごい人なんじゃない?」


「凄いって、ただの食いしん坊だろ」


浩はまだ拗ねている様子だった。そんなに食べられなかったのが悔しかったのだろうか。


「そんなこと言わないでさ……」


「ふん!俺はあいつに一言言ってやらないと気が済まねぇ!」


心なしか浩の歩くスピードが速くなる。「待ってよ~!」と翔は急いでその後を追いかけるのだった。

気がかりなのは、”何か”に関すること。浩がこうなってしまっている以上口には出していなかったが、翔は一つの考察を生み出していた。

陶山ライ、彼は二年生で陸上部に所属。その足の速さで周りから注目を集めているらしい。そんな彼が使った能力は目にもとまらぬ速さでの移動。

――――ここに結びつきがあるとしたら?

速さが自慢の彼が人間離れの速さを手に入れたというのは、普通なら信じられないが、”何か”が現れた今なら説得力があるのではないか?

――――だとしたら浩はいったい何なのか?

彼が放ったのは六芒星からの大量の水。浩は水泳をやっているという話は聞かないし、海によく行くという話も聞かない。だとしたらここに関係性はないのだろうか……?

何を考えるにもデータが少なすぎる。とにかく目の前のことを考えるしかない。そうして二人は部室棟の目の前まで来ていた。



――――――――――――――――――――――――――――――


「ここが……運動部の部室棟……」


 本校舎から少し離れた場所にあるこの場所。二階建ての細長い建物の奥には大きなグラウンドが広がっている。現在は野球部が使っているらしい。練習を始めたばかりなのか、キャッチボールをする声がよく響いている。

どうやら誰でも出入りできるようで、明らかに運動しないだろ、といった服装の子も棟の中へ入っていた。


「どうやら入れない、ってことはなさそうだね」


「よかった。それじゃ、行くか」


棟の中へ進むと早速様々な声が入り混じって聞こえてくる。思ったより教室は広いようで、それぞれの部活に合わせて様々なデザインを施しているらしい。バスケ部らしき教室の中にバスケットゴールが設置されていたのには驚いた。天井も少し高めに作られているらしい。


「いや~、ここにいるだけで汗かきそうだよね……」


「そりゃ運動部だからなぁ、それよりも陸上部だ」


いろいろなものに興味津々な翔に対して全く見向きもしない浩。後日また訪れることにしよう。二人は近くの生徒に陸上部の場所を聞くことにした。


「陸上部は二階の奥だけど……今行っても誰もいないんじゃないかな?」


「いないって、どういうことだ?」


「今陸上部結構やばくてね……廃部寸前なのさ」


「廃部寸前って……あの子たちそんなこと言ってなかったのに……」


「気になるなら見に行ってごらんよ。あのひどい有様をさ」


生徒に言われた通り二階へと上がり奥へと進む。そこには生徒に言われた通りのひどい有様が広がっていた。落書きされた黒板、乱雑に投げ捨てられたコーン、雑に書きなぐられたノート。とても部活を行える場所とは思えなかった。


「な、なんだこれ……」


「こんなの一体だれが……」


「そこの二人、だれかお探しかな?」


「ご、ごめんなさい!」


すらっとした好青年。浩や翔よりも背の高いその風貌に委縮する翔。それを見てか優しく接してくれたようだ。


「驚かせちゃったかな?ごめんね。で、どうしたんだい?」


ここに来たということは陸上部に関係のある人物なのだろう。二人は例の件について尋ねる。


「実は……」


――――――――――――――――――――――――――――――


「なるほど、それでライを探しているわけだ。面白い理由だね」


 どうやらふいに話しかけてきた男性は陸上部の部長を務めているらしい。彼にこれまでの経緯を話した。学食でチャーシュー丼を大量に買われたこと。腹を立てた浩がライと言い合いになり、つかみかかろうとしたところでいなくなってしまったこと。その時に”何か”と遭遇したこと。


「そして、いきなりいなくなったと……化け物、といったら始業式に現れた謎のやつだよね。それが何か関係あるって言いたいのかい?」


「はい……ライ君がいなくなる前に化け物が現れて何かを言ってたんです。そしてその後すぐにいなくなって……だから、もしかしたらライ君のあの速さにはあの化け物が関係あるんじゃないかって……」


「確かに、最近のライは順調に記録を伸ばしている。さすが期待の神速って呼ばれていただけのことはあるよね。それが化け物のおかげってことか。実にうらやましいよ」


「あはははは」と大笑いする部長。果たして茶化しているのか嫌味なのか。そこには触れないことにした。


「とにかく、ライ君に会って話がしたいんです。どこにいるか教えてくれませんか?」


「俺もあいつに会わないと気が済まないんだよ!」


「って言ってもねぇ……部活は御覧のありさまだし。どこにいるかわかんないんだよね……」


「そんな……」


「あ、河川敷」


部長は何かを思いだしたように続ける。


「毎週水曜日が部活休みになっているのは知ってるよね。その時は部活等に入れないようになってるんだけど……そこで陸上部御用達の練習場所になってたのが河川敷ってわけさ」


「じゃあそこに行けばライに会えるわけだな!」


「かもしれないってだけ。今の彼がここに近づくなんてありえないだろうしね」


「じゃあ僕はこれで」と手を振りながらいなくなる部長。そしてポケットからぽろっと落ちる何か。どうやら学生証を落としたらしい。名前は「露部 登麻つゆべ とうま」と書かれていた。


「つ、露部先輩~!学生証落としました~!」


「はぁ……よくわかんない先輩だな……」



――――――――――――――――――――――――――――――


 時刻は17時半そろそろ空がオレンジがかってくる頃だった。二人は学校から離れた場所にある河川敷に来ていた、が、だれも見当たらない。


「ここ……なはずなんだけど……」


「いる様子はない、な……」


数分待ってみるも誰かが現れる様子はなかった。「やはり簡単には見つからないか」と今日のところは帰ろうと話していた時に彼は現れた。


「ん?もしかして学食の……?」


「「あー!!」」


「ライ君!」「ライィ!!!」


怒りをマックスにつかみかかろうとする浩、それをものともせずにひらりとかわすライ。


「いきなり襲い掛かるなんて物騒だね。まるで怪物じゃないか」


「怪物なのはてめぇだ……!昼間はいきなりいなくなりやがって……!」


「やっぱりか……」


何か考え事をした後に彼は続ける。


「まぁ、僕の速さについてこれないのは当たり前だからね。君たちがのろますぎるんだよ」


「またバカにしやがってよ……!」


「浩、落ち着いて……」


「あぁ、うるさいのは浩なんだね。少し黙りなよ」


「なんだとぉ!?」


「ちょっと!ライ君も煽らないで……っ!」


「君もうるさいね。煽ってほしくないならさっさと帰りな。僕は忙しいんだ」


「よし翔は先に帰ってろ。俺はこいつをぶん殴る!」


「だから……だめだってぇ……!!」


我慢ならない様子の浩の服を引っ張り動きを止める。でないと今にもつかみかかりそうな浩を気にする様子もなくライは続ける。


「で、何か用事があったからここに来たんでしょ。僕に何か用?」


「おぉ!チャーシュー丼!謝れ!」


「怒りでまともに喋れてないよ……」


「え……っ、そのためだけにここまで来たの!?」


「そういうわけじゃないけど……」


「あははははは!!びっくりしたよ!そこまで君たちが馬鹿だったなんて!!」


「お前!馬鹿にした!許さない!」


「……」


翔は何も言えなかった。


「わかったわかった。あの時はおなかが空いてたんだ。悪かったよ」


「謝り方をわかってない!!」


「いきなり普通に喋るんだね!?」


「まったく、たかが学食だろ……?何をそんなにムキになる必要があるんだか……」


「なんだと……?」


「そうじゃないか。学食なんていつでも食べれる。チャーシュー丼だって明日食べえばいいじゃないか」


「俺の高校生活はチャーシューから始まらないといけなかったんだ!」


「そんなわけないよね!?」


「あー!もう我慢ならねぇ!」


浩は不満を爆発させる。


「お前がそんな偉そうな態度とってるから!――――部活がめちゃくちゃになるんだ!!」


ライの顔から笑みが消える。雰囲気が変わったようだ。


「今、なんつった?」


「何度でも言ってやるさ!お前の!その!偉そうな!態度が!部活を!めちゃくちゃに!したんだ!!」


「お前に何がわかるんだよ……」


「あ?やんのかよ?」


「お前に何がわかるんだ!!!」


浩も驚くような大声を言い放った後


「―――――二度と顔を見せるな!!」


また一瞬の間にいなくなってしまった。昼間に見た能力と同じだろうか。二人はその場に立ち尽くすしかなかった。

時刻は18時。部活に所属している生徒も帰る時間だった。

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