沈黙

 俺は命からがら、マウトストア戸来町店に辿り着いた。6時就業も1時間遅刻の7時に到着。大雪を見越して朝3時に家を出たが、4時間も厳冬の中にいた事になる。


 さて俺も何を意地を張ってかの勤務で、本来なら凍死であった筈も。何故かスリップ凍死事故のあった2番目の陸橋あたりから雪は止み始めて、機会はここしか無いと深雪の中を渡り歩き、気がついたら、マウトストア戸来町店の雪かきを1/4で諦めた駐車場に立っていた。ここでのガッツポーズは毎回やむ得ないと思う。


 1時間遅刻しても、深夜番の善次店長が除雪ままならずと、店内に軟禁されていた。

 この様子ではお客さん来なかったですよねも、薫さんと春近さんの2人が、毎朝欠かさずに北東北日報を根性のみで買いに来たが、配送困難で新聞スタンドに立たずで、また来ると。年配のじゃっぱりは身体を軽く凌駕するらしい。


 いや、それより俺はどうしても凍え震えていた。完全武装の上下オーバーで着込んでいたが、下半身はもはや凍ってパリパリであり、毎度のこととリュックに着替えを詰めて来たが、凍れ過ぎて感覚が戻ってこない。

 善次店長が震災の為の暖房機器として、電気を使用しない石油ストーブで暖を作ってくれて、感覚が戻ってきたのはやっとの8時だった。


 それから俺はいつもワンオペで店に立つも、それはそうだマウトストア戸来町店に来る客も配送車もいる筈がない。

 こんなので良いかも、深夜番明けで仮眠に入ってる善次店長曰く、店を開いているだけ防犯になるから良いんだよと公言する。ごもっともではある。


 そこから昼はやっと3人の来訪者で、エアコンの効いた店内で笑顔でカップラーメンを啜っては帰って行った。自宅周辺は見通しが立ったので、ボランティアで戸来町の状況探索に入るらしい。丁重にご苦労様ですを述べた。


 状況が動いたのは15時だ。普段は12時上がりだが、交代の店員が来れない為に、やむ得ず延長勤務に入っていた。この状況下ではまあただでは帰れないだろうとどうしてもの覚悟はしていたが、表の道路では先方除雪隊が辛うじて進行して何とか1.5車線はこじ開けた。

 意外に仕事が早いとは思ったが、未だ帰れない善次店長がスマートフォンでこれだと、webの全国版のニュースを見せた。真昼の青森市内で孤立町村相次ぐ、青森市長の豪腕指揮で緊急自衛隊災害派遣決定と。まあ市長選が夏だから張り切るよなだった。


 そこから17時には時間遅れで配送車が到着し、物資を供給した。

 ここから常連以上に戸来町の住民が様子見で訪れては、結局はまた店内の商品は閑散とした。買い漁りに走った訳でなく、この非常事態どうなってるのと立ち寄った挙句に何か一品購入の積み重ねが、見事売り切れになっていた。

 善次店長がマウトストア本部に発注応援を頼んだが、最大車両を青森市に送り込んでるが、如何せん道路の除排雪状況がで焦るなと窘められていた。


 そして結局夜18時の交代店員も家庭事情で来られず、ここも俺の居残りになるかだったが、善次店長が道路は開かれたから実淳は帰っても良いになった。


 そして帰る矢先に、巡回に来た駐在の鹿賀さんに押しとどめられた。やはりは、早朝の白いメルセデスAMG CLA 45の凍死事故の確認、遠遠回しの事情聴取となった。

 俺はやや慣れては丁寧に時系列で話を進め、そうだろうそうだろうになった。そして生きる為の判断として、こうして無事である以上確かだったと納得はされた。

 鹿賀さんはただと。


「天候不順を考えたら、来るかどうかも分からない実況見分に立ち会えなんて土台無理な話は分かってるんだけどね。本署の刑事さんが口を挟んでてね。第一発見者が去年も今年も2度も同じ状況の仏と出くわしたのは本当に偶然なのか、これは厳冬の中の密室殺人かの線も出ていてね。それも本当言いがかりだよ。何れの遺体も夥しい通話記録と、検死の凍え切った死亡の振り幅有りきの死亡時刻から、紛れも無く無理無謀な事故死なのにだ。それでもって本署の刑事が食い下がるから、マウトストア戸来町店の防犯連絡日誌の写しを見せたさ、普段こんなはしたない連中でしたよってね。まあそれでも青森県の事件諸々は目撃者が圧倒的に少ない傾向で、何かと迷宮入りになってしまうから、こんな悲惨な事件でも食い下がるだよな。まあたまに刑事回って来るかもしれないけど、変な質問はそのまま分かりませんにして置くべきだね。仮にも城田さんが粗相して事情聴取で引っ張られようものなら、このコンビニ畳むしかないからね。それで常連さん達が出不精になって孤独死が増えたら、俺が実にやりきれなくなる。何か補い足りない事あるかな。それでも本署の刑事が食い下がらないだろうから、きつく付け足しておくよ」


 俺は沈黙せざる得なくなり、次に呆れた、そして証拠何もないですけどと言いそうになったが言葉に窮した。

 鹿賀さんは、言い過ぎたかなで丁寧なフォローに入っては、このまま帰っても1.5車線では歩行困難だからと、そうミニパトで戸来町ほぼ入口の環状道路迄送るよになった。公私の境としては正確な判断だ。それなら何とか無事に帰宅出来る。


 ここで一気に悪寒が走った、今日これ迄で自分のスマートフォンを全く見ていない。凍えながら着替えた時に一緒にリュックに放り投げたままだ。


 ああの声が漏れながら、背負ったリュック下ろし、中を掘るとスマートフォンのそこには、美登里の夥しい通話にメールにSNSの通知が豪快に並び、要所に真希の通知も入っている。

 本来なら美登里の白い日産のジュークが、心配でたまに迎えに来てくれのが日々だが、今日は未だに自衛隊も交えた除雪も入っているので、通行制限は必至という事か。通知の逐一はほぼその通りで、兎に角連絡してだった。

 それだったら店に電話も、きっとしっちゃかめっちゃかであろうから、美登里の慎重な性格から控えた様だ。


 俺はどんな返事がベストか考えた。

 生きてますでは間違いなく逆鱗に触れる。スローカーブでお仕事大変鍋焼き食べたいと、体全体で震えながら同報メールをタイピングした。

 この女傑二人にはこれ位甘えた方が良いと、ここ迄生きて来れて少しは分かってる気がする。

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