<外伝>完璧な后と愛せない王様 第2話
アストレア皇室。フォルセイン王家。
二つの血を分けた世継ぎを産むこと。
花嫁に望むのはそれだけ。
美しくなくとも、賢くなくともいい。
「お久しゅうございます。テリオス様」
そう思っていた。
──が。
結婚式の当日。
彼女と再会したとき、私は自分の考えが間違っていたことを知った。
「そなたは……アデル、か?」
アデル=フォルセイン。
フォルセイン王国第二王女。
髪はとろりと日差しに溶ける白金色。上質な絹のようになめらかな肌。つぶらな瞳は淡い青緑で、その中に虹の輝きが散りばめられている。
「わたくしの顔をお忘れになったのですか?」
そう言って、彼女は花のように微笑んだ。
周囲で一斉にため息が漏れる。
「………完璧だ……」
その中の誰かがぽつりと呟いた。
そう。完璧だ。
美しさも、立ち振る舞いも、帝国語の発音に至るまで。
「いや。忘れてはおらぬ」
私は嘘をついた。
「ずいぶん背が伸びたのだな」
忘れるも何も、顔など覚えていなかった。
「隣を歩いても、もう子供のようだと笑われたりしませんわね」
うれしそうに目を細め、そう語る彼女の声には妙な実感がこもっている。
……それにしても。
多くを望むまいと思っていたが、やはり器量がよいに越したことはない。
かつてフィオナに惹かれたのも、彼女のような見た目の女を妻にするのが理想だろうと思ったからだ。
きらびやかな王冠。豪奢な衣装。
それらと同じように、妻とは私の権威を示す飾りなのだから。
「汝、神の聖名においてこの者を生涯の伴侶とし──」
厳かな声が大聖堂に響く。
大司教の前にアデルと並んで立ち、降りそそぐ陽光に身を包まれながら、私は心地よい充足感を覚えていた。
父上はじきに死ぬ。もうすぐ私の時代が来る。
フォルセインからやってきた美しい姫が、そのことを皆に知らしめるだろう。
私は実に気分がよかった。
──その、夜までは。
寝室に入ると、アデルはベッドの端に座っていた。
蝋燭の火に照らされた顔は強張っているものの、やはりはっとするほど美しい。
「疲れたか?」
隣に腰を下ろす。
彼女は振り返り、小さく首を振った。
「平気ですわ」
「そうか」
細い腰にそっと腕を回す。
そのままゆっくり後ろへ倒そうとして──
「……待って」
制止された。
「?」
怖気づいたのだろうか。
と、彼女は私の腕をつかみ、
「テリオス様」
逃げるどころか身を乗り出して、言った。
「わたくしを愛していますか?」
「──────アイ?」
虹の欠片が煌めく瞳。
そのこぼれそうなほど大きな瞳が、挑むように私を見つめている。
「聖堂で誓いを立てたであろう」
「あれはあくまで儀礼的なものですわ」
儀礼的? 儀式なのだから当然だ。
……やはり、まだ幼いか。
私はため息をつく。
「そなたのばあやは教えてくれなんだか? 私たちはここで──」
「何をするかは存じております」
胸に手を当て、アデルは心得たようにうなずいた。
「ならば問答は不要であろう」
「いいえ。だからこそ必要なのですわ」
「……?」
困惑する私をよそに、アデルは下を向いて「やはり一目、というわけにはまいりませんわね……」などとぶつぶつ呟いている。
「アデル」
彼女がつと視線を上げ、
「私はそなたをアイするつもりはない」
淡々と私は告げる。
「私とそなたの間にそのような感情は必要ない。むしろ邪魔になるだけであろう」
「………」
「だが、そなたを大切にしないわけではない。その逆だ。そなたはいずれ国母となる。この国でもっとも尊ばれる女性だ」
彼女の表情は変わらない。じっとおとなしく話を聞いている。
「私をはじめ、帝国の人間はみな最大の敬意をもってそなたを遇するだろう。……どうだ。これでよいか?」
「はい。とてもよくわかりました」
アデルは素直にうなずいた。
ふむ。
変わり者の姫かと懸念したが、聞き分けがよいようで安心した。
「そうか。では──」
再び彼女の肩に触れようとして、
「では、お断りします」
その手をひらりとかわされる。
………………………………?
なぜ避ける?
いや。それより。
今、なんと言った?
……断る?
「何をだ?」
「それはもちろん」
彼女は微笑みながら私を見る。
婚礼の前に見せたのと同じ、ふわりと花弁が開くような完璧な笑顔。
「初夜を、ですわ」
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