第146話 たどり着いた未来
次に目を開けると白い空間は消え、処刑台に戻っていました。
眼前には変わらず巨鳥がそびえています。ついさっきまで私を抱きしめていた騎士の正体がこの鳥なのだと思うと、不思議な気持ちがしますが……。
と、広場が騒がしいことに気づきました。
「彼らを解放しろ!」
「神鳥が罪なき者を守った!」
「公爵令嬢の話は本当だったんだ!」
民衆が貴族席へ押し寄せています。
帝国兵が抑えようとする中、テリオスが苛立たしげに肘置きを叩きました。
「アイゼン、早く刑を執行しろ!」
「しかしっ……!」
「見よ、この有様を。民が余を裏切ろうとしておる。このままでは秩序を失うぞ」
「陛下……」
途方に暮れたように、アイゼンは大きな手で顔をこすりました。
「それをしてしまったら、失うのは秩序だけじゃない……」
そう言いながら合図を送ります。
すると、兵士たちが構えていた弓を下げました。
「何をしている! 余の命令が聞こえなかったのか!」
「父上、おやめください!」
激昂するテリオスをユリアスが押しとどめます。
「神鳥が彼らをかばい、みながそれを見たのです。そのうえ刑を執行すれば──」
「余が構わぬと言っている。あれは王国の霊獣。王家の味方をしているに過ぎぬ」
「陛下! 聞き捨てなりませんぞ!」
「神鳥に背けばただでは済みません。教会や、フォルセイン王国と争うおつもりか⁉」
「陛下がよいと言っておられるのだ! 貴公らこそ歯向かうのか!」
当主たちが次々と立ち上がり、貴族席も混乱に包まれます。
……まずいですね。
テリオスは何がなんでも主張を押し通そうとするでしょう。本当に戦争を起こしかねません。
広場の騒ぎも過熱しています。このまま暴動になれば……。
私は大きく息を吸い込み、
「陛下!」
叫びました。
「私たちを追放してください!」
人々がこちらを見ます。
ユリアスも驚いたように私を振り返りました。
「追放、だと……?」
「ええ。国外追放にしてください」
笑顔で肯定します。
「私は陛下の疑念を晴らしたい。ですが、今ここで信じていただこうというのは浅はかでした。信頼を損ねた罰として、謹んで処分をお受けいたします」
「……………」
これが最後の選択肢。
テリオスは考え込むように瞑目し、そして──
「彼らを行かせましょう」
ユリアスの声に瞼を開きました。
眉根を寄せて息子を一瞥します。
「……あの娘を憎んでいたのではなかったか?」
「憎いですとも。殺してやりたいと思うほど。その一方で、幸せになってほしいとも思う」
「愚かだな。情けをかけたとて、戻ってくるわけでもあるまい」
「ええ。ですが、父上ならわかってくださるかと。今も母上を想い続ける……父上なら」
「………………実に愚かだ」
テリオスはあきれたように呟いたあと、さっと手を振りました。
「行け」
全員が息を呑んでその言葉を聞きます。
「国外追放に処す。どこへなりとも行くがいい」
わぁっ‼
広場が歓声に包まれました。
私はすぐにお兄様の縄をナイフで切ります。自由になった腕で、お兄様は真っ先に私を抱きすくめました。
「……っ」
たどり着いた。
求めて──生まれ変わって──
求め続けて──ここに。
お兄様が生きている未来に。
「フラウちゃん!」
「姉様! 兄上!」
エリシャとリオンが走ってきました。
お兄様と一緒に腕を広げて彼らを受け止めます。
「うええええっ、うううぅっ! フラウちゃん、フラウちゃん、フラウちゃん……!」
「よしよし。もう大丈夫ですよ」
「姉様、兄上、よかった! でも追放処分って……どうするのですか?」
「ああ。そのことだが……行先はもう決まっているのだろう? フラウ」
お兄様に聞かれ、私はうなずきました。真っ白な巨鳥を振り仰ぎます。
「フィル。約束通りあなたの国へ行くわ。連れていってくれる?」
「ああ。やっとお迎えが叶うのですね」
うれしそうなフィルの声が聞こえました。
「もちろんです。どうぞ我が背にお乗りください」
「えっ?」
エリシャがきょとんと神鳥を見上げます。
「この鳥、いま喋らなかった? しかもフィルって呼ばなかった?」
リオンもぽかんとした顔でお兄様を見ます。
「あれ? 兄上が国を出るということは、つまり……」
「リオン。爵位はお前に譲る」
「……………え? えええええええええ⁉」
悲鳴を上げる弟を横目に、私はアイラの縄を切って解きました。
彼女は特に感動するでもなく、無言で手首をさすります。
「さ、行きますよ」
手を差し出す私。
その手を怪訝な目で見下ろすアイラ。
「頭がおかしいの……?」
「つくづく失礼な人ですね」
「ノイン様と共に行くのでしょう。私なんか放っておけばいい」
「それが望み? 放っておいてほしい?」
私は肩をすくめます。
「でも……あなたにも行きたい場所があるんじゃないかしら?」
「!」
アイラがはっと顔を上げます。
黒曜石の瞳に初めて感情らしいものが見えました。
逡巡のあと、恐る恐るというように伸ばされた手を、私は攫うようにつかんで引っ張ります。
「お兄様、お待たせしました」
「ああ」
三人で神鳥の背に乗ります。再び広場で歓声が上がりました。
エリシャとリオン、仲間たちが大きく手を振ります。彼らに手を振り返してから、私は空を仰いで囁きました。
「フィル。飛んで」
神鳥が応えるように高い声を響かせ、やわらかい風が私たちを包みました。
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