第140話 処刑台こそ私の舞台




 空は薄曇りで、早い雪がちらちらと舞っていました。

 中央広場は見物に集まった人々であふれ、いつか見た悪夢とそっくりな光景が広がっています。

 ……いいえ。

 すでに悪夢は現実となった。

 私は民衆に紛れ、深くかぶったフードの中から処刑台を見つめました。

 そこには早朝からお兄様とアイラが縛りつけられていました。

 寒空の下、薄いシャツとズボンしか身に着けておらず、顔色はすでに蒼白です。今すぐにでも駆け寄りたいのをこらえ、お兄様の横顔をじっと見つめます。

 城からここまでの間、ずっと原作の処刑シーンを思い返してきました。

 二度と思い出したくない場面でしたが、これから始めることには立ち位置が重要です。前日の夜から並び、予定通り最前列を確保しました。

 決められた場所から前に出ないよう、数メートルおきに槍を持った帝国兵が配置されています。私たちと処刑台を挟んで反対側には、皇族をはじめとした七血族が座る席が設けられており、そちらは何重にも兵士で囲まれていました。



「皇帝陛下だ!」


「帝国万歳!」



 黄金の馬車が広場に現れ、人々が歓声を上げました。テリオスとユリアスが到着した馬車から降りて手を上げると、その声は一層高まります。

 さらに次々と馬車が広場に到着しました。降りてくるのはすべて《帝国七血族》。エリシャの姿もありました。彼女の手を取っているのは婚約者のエリオットです。エリオットが何か話しかけていますが、エリシャは固い表情のまま口を閉ざしています。

 《真紅》の席にはリオンが着席していました。アシュリーは出席を拒絶したのでしょう。幼い弟の代わりに自分があそこに座るべきだったのだと思うと、胸がズキリと痛みます。

 ごめんなさい。

 でも、私にはやるべきことがある。

 処刑台に男が上がり、紙を広げて読み上げました。



「これより、罪人二名の処刑を行う! 罪人の名は《真紅》フレイムローズ家のノイン、および《漆黒》ブラックウィンド家のアイラ! 罪状は反逆罪! この者たちは、我らが太陽、《黄金》皇帝テリオス陛下を弑逆せんとした大罪人である! よって、帝国の象徴たる正義の槍により、串刺しの刑とする!」



 再び熱狂的な歓声が沸き起こりました。



「帝国万歳!」


「皇帝陛下万歳!」


「突き刺せ!」


「突き刺せ!」


「反逆者に正義の槍を!」



 地響きのように地面が揺れました。熱狂する民衆の中で私は息をひそめ、チャンスを待ちます。

 大槍を持った執行人が処刑台の横に進み出ました。

 まっすぐに天を刺す──ぞっとするほど長い大槍。

 その冷ややかな光に人々の目が釘づけになります。近くにいる帝国兵もつられたようにそちらを見ました。



「まだです」


「!」



 背後から囁くような声。

 とっさに踏み出しかけた足を地面に押しつけます。



「右の兵士がこちらを見ています」



 見ると、右側の帝国兵が私のいるほうへ顔を向けたところでした。さっき踏み出していたら気づかれていたでしょう。

 はっ、はっ、と呼吸が乱れました。全身から冷や汗が噴き出します。



「大丈夫です。落ち着いて」



 騒ぎの中、声は不思議なほどはっきり聞こえました。

 やさしく響く──

 涼しげなこの声は──



「フィル……?」


「もうすぐです。私が合図します」



 どうして、あなたが。

 言いかけた言葉を呑み込みます。

 残された時間はわずかしかない。「信じよう」とその一瞬で決めました。

 前を見据え、限界まで神経を尖らせて、



「────行ってください」



 勢いよく飛び出します。

 左右の兵士は反応しません。その間にすばやく走り抜け、処刑台までの距離を一気に詰めました。



「おい! 何をしている!」



 処刑台近くの兵士が私に気づきました。槍を構えて突っ込んできます。



『まともに受けんな。きっちり避ける癖をつけろ』



 上半身をひねり、すれすれで刃先をかわします。そのまま頭を落として相手の脇下を潜るようにすり抜けました。

 目の前の階段を駆け上がります。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」



 たどり着いた場所で、私は大きく目を開きました。

 鮮やかな真紅の瞳。

 その輝きに魂まで貫かれます。



「……………お兄様」



 いつのまにか喧噪がやんでいました。

 人々は困惑したように、処刑台の侵入者を見つめています。

 その、わずかな空白の時間。

 私にとっては永遠に等しい時間でした。



『なぜ来た』



 お兄様の目がそう言っているのがわかります。

 怒っていらっしゃるでしょうか……?

 ええ。きっと怒っていらっしゃるでしょうね。



『ごめんなさい。お兄様』



 私は微笑みました。



『でも、世界中であなたのそばだけが、私の居場所だから』



 心の中でそう呟くと、お兄様の瞳がほんの少し揺れたような気がしました。



「何のつもりだ! とっととそこを降りろ!」



 槍を構えた帝国兵が私に向かって怒鳴ります。

 そちらを向いて、



「あなたこそ、何のつもり?」



 私は冷たく言い放ちました。



「なんだと!」


「誰に向かって口をきいているの、と言っているの」



 そう言ってマントを脱ぎ棄てます。

 兵士たちが言葉を失い、広場の人々がざわめきました。

 マントの下から現れたのは、輝くような純白のドレス姿。



「下がりなさい。無礼者」



 さあ、始めましょう。

 これが最後の大舞台。

 悪役令嬢にふさわしい──処刑台こそ私の舞台です。



「私はフラウ=フレイムローズ。この国の公爵令嬢です」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る