第129話 死んだお母様から手紙が届きました
私、ティルト、ゼトはシルバスティン領へ。
フィー、アシュリーはフォルセイン王国へ。
エリシャ、リオン、ニーナは帝都に留まる。
それぞれの方針が固まり、私たちは準備に追われました。
ミアもシルバスティンについてきてくれることになりました。というより、志願され強引に押し切られたのですが。
出発が迫る中、部屋をノックする音が響きました。
ゼトが急かしにきたのかと思い応対すると、訪ねてきたのは意外な人物でした。
教育係のじいです。
「どうしたの? もうすぐ出発しなければならないのだけど……」
「存じております。お忙しいところを申し訳ございません」
白い眉を八の字に曲げ、両手に握ったものを差し出します。
「どうか……これを」
分厚い封筒でした。
「手紙?」
「はい。フィオナ様からでございます」
「……お母様から?」
思わず聞き返し、封筒の宛書を確かめます。
『私の娘フラウへ』
間違いありません。母の筆跡です。
「どうしてこれをじいが持っているの?」
一年前に死んだ母──
その手紙がなぜ今になって?
皺だらけの顔をうつむけ、じいは静かに封筒を見下ろしました。
「お亡くなりになる少し前に、フィオナ様からお預かりしました。これをお嬢様にお渡しするかどうかは任せる、というお言葉と共に」
「………」
「フラウ様。正直に申し上げます」
「ええ」
「この手紙を燃やしてしまおうと、何度も思いました」
驚いてじいを見ます。
「中を読んだの?」
「読んではおりません。ですが、そうしたほうがいいように思えたのでございます」
「……。でも、私に渡そうと思ってくれたのね?」
「こうすることが正しいのか、今もわかりかねております」
よく見ると、封筒を握るじいの手がわずかに震えていました。
「それでも……お嬢様にはすべてをお知りになる権利がございます」
封筒を受け取ると、震えはぴたりと止まりました。その代わりに力が抜けて、じいの体が一回り縮んでしまったような気がします。
「ありがとう」
「とんでもございません。どうかこの不忠義者をお叱りください」
「あなたがどれほど私とリオンに尽くしてくれたか知らないとでも? あなたのような人だからこそ、お母様はこの手紙を預けたのよ」
じいが顔を上げ、潤んだ目で私を見ます。
「もったいないお言葉でございます」
「そんな顔をしないで。私たちにはあなたが必要よ」
「私めにできることであれば、どんなことでも」
「リオンをお願い。私が戻るまで、あの子がこの苦難に立ち向かえるように。……そばで支えてほしいの」
「かしこまりました。全力でお支えいたします」
「ええ。頼りにしているわ」
それから間もなく、今度こそゼトに催促され、私とミアは慌ただしく屋敷を出発しました。
地味な使用人服をまとい、シルバスティン家の侍女に成りすまして馬車に乗り込みます。
その馬車の中で、私は手紙の封を切りました。
ここに書かれているのはおそらく──
死の真相。
お兄様が決して話してくださらなかったこと。
そして、フレイムローズ家の名を汚す「何か」です。
息を吸って覚悟を決め、私は便箋の束を開きました。
『愛する娘へ
はじめに伝えておくわ。
大好きよ、フラウ。
世界中の誰よりもあなたとリオンを愛してる。
あなたたちは私にとって、かけがえのない宝物。
何があっても変わらない。そのことを忘れないで。
どこから書けばいいかしら。
そうね……あなたの父親のことからにしましょう。
これを読む頃、もう知っているかもしれないわね。
あなたの父はフォルセイン王国の第三王子。
名前はエルイン。
とてもやさしくて、あたたかくて、飾らない人だった。
出会ってすぐに夢中になったわ。あとにも先にも、あんな気持ちになったことは一度もない。
私は当時アハトと婚約していて、エルインも国に婚約者がいた。でも、そんなことは関係なかった。一緒にいるためなら、家を捨てるくらいなんでもなかったわ。
駆け落ちして田舎で暮らした五年間は、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだみたいに幸せだった。
あなたが生まれて、二人で大喜びしたのを昨日のことのように覚えてる。エルインは感動のあまり泣きっぱなしで、村の人たちも祝福してくれて……。
でも、そんなおとぎ話みたいな生活は突然終わってしまった。
エルインが──殺されて』
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